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ワケあり王子様と治癒の聖女 〜患部に触れないと治癒できません!〜

綾瀬ありる / 著
天路ゆうつづ / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-616-4
サイズ 文庫本
ページ数 392ページ
定価 880円(税込)
発売日 2023/10/25

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内容紹介

絶対、おまえを手に入れる
新人聖女ロレッタの元に突然、王太子アレックスが患者として訪れる。国の英雄で“赤き戦神”と称えられる彼が「問題なく、機能するようにして欲しい」と言ってきた部位は、まさかの××! 患部に直接手を触れないと治癒が出来ないロレッタは大慌て。さらに、物怖じせず懸命に仕事にあたる姿を気に入られ、アレックス専属の聖女になるけれど…「絶対手放したくないし、手放せない」治癒に励めば励むほど、ちょっと強引な王太子にジリジリと迫られています!?

人物紹介

ロレッタ

神殿で働く新人聖女。治癒力は高いけれど、患部に手を触れないと治癒ができない。

アレックス

“戦神”と称えられる王太子だが、ある病(?)を抱えていて!?

立ち読み

1 下着は穿いて

 神殿の治癒室には、今日も長蛇の列ができている。聖女歴一年、いまだ新人扱いの聖女ロレッタは、忙しく患者の治癒にあたっていた。
 腰痛を訴える老人から、血まみれの怪我人まで。治癒室は常に満杯だ。同僚の聖女たちも忙しく立ち働いている。
 聖女たちの勤務体制は、だいたい二交代制と決められているが、患者にはそんなの関係のない話だ。早く呼んでくれ—彼らの顔には、だいたいそう書いてある。
 そんな中、次の患者を呼ぼうと廊下にひょいと顔を出したところを上級聖女のラモーナに捕まったロレッタは、彼女に連れられて神殿の奥の間に来ていた。
「あの、私、まだ勤務時間なんですが……」
「わかってるわよ。だけど、神殿長様が誰か連れて来いって……ほら、入って」
 部屋に押し込まれ、背後で扉がばたんと閉められる。ぎょっとしたのも束の間、部屋の中に吊るされたカーテンの中から神殿長が顔を出した。
 老齢の神殿長は、絵に描いたような長いあごひげを擦(さす)ってロレッタの顔を見る。ふむ、と唸った後しばらく何かを考えていたようだが、程なく彼の中で答えが出たらしい。
「ロレッタか。うむ、ちょうどいいじゃろ」
「ちょうどいいって……神殿長様、腰でも痛めたんですか」
 神殿長は、時折腰痛で聖女の世話になっている。
 治癒力は高いが患部に手を直接触れないと治癒のできないロレッタは、わきわきと手を動かしながら神殿長に話しかけた。それを見て少し笑った神殿長は、背後から聞こえた咳払いの声に慌てて首を横に振る。
「……あら?」
「実はな、ロレッタ。こちらの方の治癒をおまえに頼みたいんじゃ」
 手招きされてカーテンの内側に入ると、治療用の寝台にローブのフードを目深に被った男が腰かけている。側には従者と思しき青年が立っていて、ロレッタは「ははあ」と頷いた。
 どうやら、この患者はなかなか身分の高いお方らしい。
 従者連れの患者なんて神殿には滅多に来ない。着ているローブも一見すれば地味なものだが、生地には艶とハリがあって高級品であることが窺える。
 そもそも、顔を隠している—というのがいかにも訳アリっぽい。体面を気にする必要のある、高貴な方ということなのだろう。馬鹿馬鹿しい、とロレッタはため息をつきそうになって、慌ててそれを飲み込んだ。
 だが、普段ならこういうやんごとないご身分の方の治癒は、上級聖女の受け持ちのはずだ。下級聖女—しかも、新人のロレッタに回ってくるようなお仕事ではない。
 目をぱちくりさせたロレッタを見て、ローブの男は居(い)丈(たけ)高(だか)な声で神殿長に問いかけた。
「おい、こいつ—本当に大丈夫なんだろうな」
「ええ、ロレッタは口は堅いし……治癒力も高い聖女です。きっと、お役に立てるでしょう」
「えっ、そんなに褒められると照れますね……」
 思いもよらぬ神殿長からの高評価に、ロレッタは紫紺の瞳を細めて微笑んだ。だが、男はフンと鼻を鳴らしただけだ。
 側にいた従者が口を開きかけたが、ローブの中から男に睨まれると肩をすくめて口を閉じる。
「おい、おまえ……ロレッタだったか」
「はい!」
 元気いっぱいにロレッタが返事をする。いついかなる時も、疲れた顔を見せないのが聖女の決まりだ。だから返事は常に元気に。
 だが、その声にローブの男は深いため息をついた。
「本当に、口は堅いのか」
「まあ……まぁまぁ?」
「おい、本当に大丈夫なんだろうな……」
 よく考えてみてほしい。ここで「はい、口は堅いです」などと言ったら、それはなにかしら秘め事を知っていると明かしているようなものである。
 新人のロレッタだが、面倒見のいい性格が幸いしてか他の同期の聖女たちからはわりと頼りにされ、悩み相談などもたびたびされていた。そして、それを漏らしたことはただの一度もない。
 答えの代わりににっこりと微笑んだロレッタを見て、男はどうやら何か察したらしい。再びフン、と鼻を鳴らすと頷いた。
 —意外と頭の回転が速い人だな。
 少しだけ感心する。偉そうな態度ではあるが、お貴族様なんてたいていそんなものだ。脳裏に蘇(よみがえ)った嫌な記憶を慌てて打ち消しながら、ロレッタは彼の言葉を待った。
「よし、おまえに任せる。神殿長、しばらく席を外してくれ。……ブルーノ、おまえもだ」
 神殿長だけでなく、男は自らの従者にもそう声をかける。すると、従者からは抗議と思しき慌てた声が上がった。
「は? い、いや、でん……いや、アレク様……」
「いいから」
 有無を言わさぬ口調で、男は二人を追い払おうとする。神殿長は心配そうにロレッタを見ていたが、それにこっそり頷いて、にっこりと笑って見せた。大丈夫ですよ、という意思表示だ。
 神殿長は、ロレッタにとって恩人だ。その彼に心配はかけたくない。それに、お役に立ちたいし、期待にはもっと応えたい。
「では……その、失礼のないように、お願いします」
 従者の青年が言う。ロレッタが頷くと、彼は微妙な顔をした。
 —ん?
 疑問を抱いたが、その時には既に二人とも扉の外に出ていた。仕方なく、ロレッタは寝台に腰かけたままの男—従者がアレクと呼んでいたので、それが彼の名前なのだろう—を振り向いて口を開く。
「では治癒を始めますので、えっと……はい、じゃあ、患部を拝見しますね」
「見せるのか?」
「ええ、そりゃ……見ないと……?」
 ふむ、と頷いたアレクは、やおらズボンのベルトに手をかけた。かと思うと、それをごそごそと脱ぎ始める。身動きした拍子にローブがずれて、髪の毛がちらりと見えた。
 燃えるような赤毛だ。
 —んん?
 はは、まさか、まさか。そんな気分で一瞬目をそらした隙に、どうやら準備ができたらしい。いいぞ、と声をかけられたロレッタは、アレクに視線を戻して一瞬絶句した。
 なんと—ローブの前を開いたアレクは下半身に何も身に着けていない状態だったのだ。それこそ、下着の一枚すらだ。
「……っぎゃああああ!? な、なにしてるんですか、待って、なんで下着、待って!」
「患部を見る、と言ったのはおまえだろうが!」
「言いました、言いましたけど、ちょっと待ってぇ!? どこが、どこが悪いの!?」
「ここだが」
「よし待って、一回下着穿いてええええ!」
 ロレッタの絶叫に眉をひそめたアレクが、再びごそごそと下着を身に着ける。くるりと回れ右をしていたロレッタは、その音を聞いてほっと胸を撫でおろした。
 —高貴なお方ってのはこれだから!
 お貴族様は、風呂にも一人で入らない。きっと、人に肌を見せるのに何の抵抗もないのだろう。
 だが、ここは清貧・清純をモットーにする神殿なのである。治癒を施す時にきわどいところまで見ることはまああるが、下着の中の大切なところまでは見たことなどない。
「穿いたぞ。……では、着衣の上からでも良いのか」
「だめですけど……」
「では、やはり脱がねばならないではないか」
「か、患部だけ! 患部だけ見られればいいんです! 先に伺うべきでした、どこがお悪いんですか?」
 ロレッタの質問に、ずれたローブから見える青緑の瞳が鋭い視線を向けてくる。何事か小さく呟いたようだが、それでは聞こえない。
 一歩近づくと、彼の身体が小さく震えた。
「くそ……なんで俺が、こんな……」
「え?」
 やはりよく聞こえない。もう一歩近づくと、自棄(やけ)になったのかアレクがぐいっとロレッタの腕を掴んだ。
 その腕が無遠慮にアレクの股間に導かれた。押し当てられた指先にむにゅっとした妙な感触と生暖かさを感じる。
「ここだ!」
「こ、こ、こぉ、こっ!?」
「鶏かおまえは! ここだ、ここ、俺のイチ—」
「言うなああああああ?」
 絶叫したロレッタにまたアレクが眉をひそめ、ここだ、ともう一度強く手を押し当てるよう動かしてくる。慌てたロレッタが弾かれたようにアレクの腕を振り払った。ちょうどそれが股間に当たってしまったようで、彼がぐう、と唸り声をあげる。
「ぐ……お、おまえ……もうちょっと……優しく……」
「突然そんなもん触らせといて、優しくも何もないでっしょお!?」
「ほ、本当に使い物にならなくなったらどうしてくれるんだ!? まだ一度も使ったことがないんだぞ!?」
 キレるロレッタとキレるアレク。しかし、二人の睨み合いはどちらからともなく視線が外されて終わる。
 —なんなの、これ。
 もう意味がわからない。あそこでロレッタを捕まえたラモーナのことを恨みながら、ロレッタは深いため息をついた。

 しばらくの間、部屋の中は奇妙な静寂に包まれていた。仮にも聖女であるロレッタの手を引っ掴んで股間を触らせるという暴挙に出たアレクだが、そこを叩かれた痛みが落ち着いてくるとともに、精神の方も落ち着いてきたらしい。
 はあーっと大きなため息をつくと、既に顔を隠す用を果たしていないローブを投げ捨てて、赤い髪をぐしゃぐしゃとかき回した。
「……神殿の聖女っていうのは、おまえみたいなやつばかりなのか?」
「どういう意味でしょう」
 模範的、とは言い難いが、これでも神殿の規律に違反したことはないし、性格に難があると言われたこともない。じとんと睨みつけると、アレクはまた大きなため息をついた。
「まあいい。こうなった以上、意地でもおまえに治癒してもらう」
「えぇ……」
 心底嫌そうな声を出したロレッタと違い、アレクは腹を決めたのか、口元に嫌な感じの笑いを浮かべた。うっ、と一歩引こうとしたが、それよりも速い彼の手に腕を掴まれてその場から動けない。
 それほど鍛えているような体格には見えないのに、なかなかの力である。
 —うう、さすが……。
 赤い髪に青緑の瞳。おおよそ二十歳くらいの、やんごとなきご身分のお方。
 この国に暮らしていて、その特徴で彼の正体に思い至らない人間はそう多くないだろう。ロレッタだって、遠目にではあるがご尊顔を拝したことがある。
 アレックス・ウォルシュ—王太子殿下。ここ、レイクニー王国の第一位王位継承者だ。御年二十三歳。「レイクニーの赤き戦神」と呼ばれ、十五で初陣を踏んでから負け知らず。ロレッタが彼の顔を見たのも、その凱旋パレードの一つだ。
 —まあ、実際顔はよく見えなかったんだけれど……。
 それでも、馬上で颯(さっ)爽(そう)と赤い髪をなびかせていた彼の姿は覚えている。
 そして、ここ三年ほどレイクニー王国が平和なのは、そのアレックスの戦功のたまものなのだ。
「おい、聞いてるのか」
「ふぁい」
 考え事をしていたせいで、返事を噛んでしまった。目の前のアレク—アレックスが、そんなロレッタを呆れたように見ている。
 —レイクニーの、赤き戦神……。
 そのお方が、聖女の手を引っ掴んで股間を触らせたのか。げんなりとしたロレッタはできればその記憶を消したくなってきた。
 正直、正体を隠すつもりがあったのなら、ローブなんかじゃなくてカツラを被ってこい、と思わなくもない。いや、ここまで暴れる予定はなかったのだろうけど。
 —バレてないなんて……まさか思ってないだろうな、この人。
 そんなロレッタの気持ちなどまるでお構いなしに、アレックスが口を開く。
「……とにかく、患部は先程触らせたところだ。ここが……問題なく、機能するようにして欲しい」
「問題なく、機能」
「ありていに言えば、勃つようにしてほしい」
「勃つ……」
 自分は一体何を聞かされているんだろう。問題なく機能するってなんだろう。勃つってぇ……? ええ……?
 思わず遠い目をしたロレッタだったが、アレックスの次の言葉にカッと目を見開いた。
「じゃあ、治癒を頼む」
「ん……待って、待ってくださいね? えっ、そこを? 私が?」
「おまえ以外に頼むつもりはない」
 きっぱりと断言するアレックスは、さすがレイクニー王国の王太子だけあって威厳ある風情だ。だが、ロレッタは眩暈(めまい)がする思いだった。
 —全然ちょうどよくないです、神殿長様……!
 そういうことならば、他の聖女の方がずっといい。
 なぜなら、ロレッタは患部に直接手を触れないと治癒の力を使えないのだ。


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