書籍詳細
異世界転生して、メイドの仕事に邁進したら、冷徹公爵から溺愛されて困っています! 〜私、媚薬なんか使ってません〜
定価 | 1,320円(税込) |
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発売日 | 2024/01/26 |
電子配信書店
内容紹介
立ち読み
ある日、目が覚めた途端唐突に私は自分に前世があることを思い出した。
林(はやし)原(ばら)雪(せっ)華(か)、キラキラネームというほどではないがあまり一般的ではない名前を付けられたのは、両親が元ヤンだったせいだ。
私は双子で、弟は隼(はや)人(と)という名だったが、雪華と隼人は当時流行っていた漫画の主人公の名前だったらしい。
うん、漫画の主人公なら雪華という名前もありがちかも。
漫画の主人公の名前を付けるのもそうだが、恋人であった雪華と隼人の名前を姉弟の名前に付けるのもいただけない。
つまり、私の両親はあまり普通ではなかった。
元ヤンでデキ婚。私達姉弟が生まれて半年は甘々だったけれど、当時十代であった二人がいきなり二人の赤ん坊を育てるには無理があり、すぐに二人の関係はギクシャクするようになったらしい。
当然ネグレクトに虐待。
アパートの大家のおばあちゃんが見かねて児童相談所に通報し、生まれてから三歳までは養護施設で育った。
これも後で大家さんから聞いた話であまり覚えてはいない。
家に戻されてからも、酒乱の父と男好きの母に虐待はされていたが、彼等は知恵がついてそれを上手く隠せるようになっていた。
そんなに子供の面倒を見るのが嫌ならさっさと手放して養護施設に出してくれればよかったのに、知恵がついた彼等は子供がいることで得られる恩恵のために私達を手放さなかった。
当時、所得の低い家庭には児童手当が月々一人一万円支払われていた。更に子供給付金が月額一人五千円。時々政府から子供手当なるものが十万支払われるなんてこともあった。
よくわからないけど、扶養者控除とか税金の優遇もあったらしい。
よく私達を預かってくれていた大家のおばあちゃんが「あれはあんた達のお金なのにねぇ」と言って色々教えてくれたので、貰える方のお金だけは知っていた。
そんなわけで、私と隼人は毎日暴力に怯え、空腹を抱えて生きていた。
私達が小学校に上がる頃に大家のおばあちゃんが亡くなると、最後の砦がなくなり、私達の生活は更に厳しいものになった。
学校の給食だけが一日の食事、なんてこともざら。
ランドセルなんて買ってもらえず、父親がパチンコで取ってきたパチもんのスポーツバッグで通学する小汚い私達はイジメの的。
中学に通うようになると、私達は年をごまかして働かされるようになった。
高校に上がる年になると、隼人は父親と衝突するようになり、母親は私にいかがわしい商売をさせようとした。
彼等にとって、子供とは親に金を貢ぐ道具でしかなかったのだ。
自分の親はダメな人間なのだ。そう思った私達は二人で家を出た。
働ける場所もなく、頼れる人もいなかった私達は、何度も連れ戻されては半殺しの目に遭わされた。
そうして何度目かの家出の時、電車やバスを乗り継いで、お金がなくなると歩いて、とにかく遠いところを目指した。
行き着いたのは限界集落みたいなド田舎で、行き倒れている私達を見つけてくれたのは野(の)々(の)宮(みや)さんという老夫婦だった。
私達は、どうか警察には言わないで欲しいと頼み、自分達の今までのことを説明した。
「話はわかったが、未成年者を勝手に引き取ることはできない」
野々宮のおじいちゃんにそう言われた時は、絶望した。
「だが、うちの離れに勝手に住み着く分には、与(あずか)り知らないことだ。年寄りの手伝いをしてくれる人間に金を支払うのも当然だな」
野々宮のおじいちゃんはそう言ってもう使っていなかった離れに私達を住まわせてくれた。
息子達が結婚したら住まわせようとしていたらしいが、三人の息子は全員都会に出て戻って来なかったそうだ。
成人するまで、私達はそこで暮らし、野々宮のおじいちゃんの畑仕事を手伝った。
村は殆(ほとん)どお年寄りばかりだったので、若者の働き手は重宝された。
普通からしたら、貧しい生活だと思う。
でも私達は普通に暮らしたことはなかったので、十分幸せだった。
村のお年寄りは私達を色々と世話してくれ、色んなことを教えてくれた。
掃除の仕方や料理、畑仕事、裁縫、中にはいいとこのお嬢様だったおばあちゃんもいて、礼儀作法や習字なんかも習った。
二十歳になると、野々宮さんの長男に相談して、分籍という親と戸籍を分ける方法を教えてもらった。
野々宮ご夫妻は養子にしてもいいと言ってくれたのだけれど、遺産相続で揉めたり、あの親が私達を見つけ出して巻き込まれることを恐れて戸籍を分ける方を選んだ。
相談に乗ってくれた長男さんにも迷惑をかけたくなかったのもある。
幸せだった。
でも、優しい人はいい結果だけを与えてくれるわけではない。
長男さんはよかれと思って私達の親を探し出し、縁を切るように言いに行ってしまった。
そこからバレて、ある日二人が私達の前に現れた。
「戸籍を分けたって、子供には親を養う義務があるんだよ。儲けてんなら金を送れ!」
どこまでも下(げ)種(す)な両親だった。
けれど私達はもう無力な子供ではない。
「もうお前等とは関係ない。これ以上付きまとうなら警察に言う」
力仕事ですっかり逞しくなった隼人が父親をやり込めると、何と両親は腹いせのように乗ってきた車で私達に向かってきた。
そこで林原雪華の記憶は終わりだ。
即死ではなかったかもしれないけれど、結果的には死んだのだろう。
「壮絶で最悪……」
思い出したことを理解した時、大きなため息と共にそう零(こぼ)した。
眠る前まで、『今』の私は我が身を嘆いていた。
でも思い出した前世が現状より悪かったことで、何だかストンと気持ちが落ち着いた。
さて、ここからは現世の私、サーシャ・エルマンゼの人生の話。
私は侯爵家の次女として生まれた。
上には姉と兄がいる。
侯爵、という貴族の地位がある通り、この世界は中世ヨーロッパに近い。
貴族の爵位は上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、その下に貴族と庶民の間くらいの感覚で准男爵と騎士爵がある。
因(ちなみ)に、上から伯爵までが上位貴族、その下は下位貴族と呼ばれている。
侯爵家のご令嬢ともなれば、幸せいっぱい……、と言いたいがそうでもなかった。
恋愛結婚だった両親だが母は子爵家の令嬢だった。なので前侯爵夫人、つまり姑(しうとめ)はそれが気に入らなくて結婚にも反対していたし、ガッツリ苛(いじ)めていた。
兄と姉は母と同じ茶色い髪に緑の瞳だったのも祖母は気に入らなかったらしい。
エルマンゼ家は金髪に、珍しい紫の瞳が特有だったのだ。
父親も金髪で、瞳は紫がかった青だった。
卑しい血の子供ばかり産む、とことあるごとに厭(いや)味(み)を言っていたらしい。
で、私が生まれたわけだけれど、私は金髪に紫の瞳だった。
祖母は大喜びで、やっとエルマンゼ家の子供が生まれたと私だけを可愛がった。
祖母から粗略に扱われていた兄と姉としては面白くなく、鬱憤を私に向けた。
母も大嫌いな姑に似た私を憎んだ。
祖母が生きている間はまだよかったが、私が十歳の時に祖母が亡くなると彼等の態度はあからさまになった。
始めのうちは庇(かば)ってくれていた父親も、愛する妻と二人の子供の勢いに負けてだんだんと私から距離を取るようになった。
主(あるじ)一家がその様子なので、当然召し使い達も私を冷遇する。
ご飯を抜かれたり、暴力を振るわれたりすることはなかったが、家の中では空気のように扱われ、待遇は兄姉とは段違いだった。
社交界もデビューの時の一度だけ。
その後二年経った今でも、夜会やお茶会は母親が勝手にお断りしている。
娘は病弱なので、と。
辛かった。
悲しかった。
だから寝る前に考えたのだ。
別の世界へ行けたらいいのに。別の人生を歩めたらいいのに、と。
結果、前世を思い出して今よりもっと酷い人生を知ってしまった。
雪華に比べれば、今の人生は遥かにマシだわ。
明日のご飯の心配もなく、殴られたり蹴られたりした痛みで眠れないということもない。
部屋は北向きで少し寒いけれど、ドレスはお姉様のお下がりばかりだけど、家庭教師は付けてもらってるし、食事も皆と一緒のものだもの。
学校やアルバイト先で苛められていたから使用人の苛めも、もう気にならない。
なので前世を思い出してからは、このまま軽く流して、そのうち家を出て平民になろうかななんて思い始めた。
平民の暮らしだって、前世を思い出した自分なら何とか生きていけるだろう。幸い、この国の治安はそう悪くないし。
けれど、ここへ来て状況が変化した。
長じるに従って益々祖母に似てきた私に、終(つい)に母親が切れてしまったのだ。
「あなたの顔を見ているとイライラするのよ!」
姉から貰ったお下がりのドレスを着た私を見たお母様が、私に向かって花瓶を投げ付けた。
もちろん避けたので直撃は避けられたが、壁に当たって砕けた花瓶の破片で腕を怪我してしまった。
「その目で私を見ないで! どこかへ行って!」
可哀想だな、と思った。
もういない祖母に苦しめられている彼女を。
でも泣くこともしない私に、母や兄姉や使用人達は『可愛げがない』と断じた。
そして苛めは一気に加速し、実害が表れ始めた。
朝食に私の席が用意されていなかったり、部屋の物がなくなったり、姉からのお下がりがストップしたり。
使用人に足を引っかけられることもあった。一度は危うく階段から落ちるところだった。
ここまで来て、やっと無頓着だった父親が重い腰を上げた。
「サーシャ、この家を出なさい」
決定事項だというセリフ。
「政略結婚、ですか?」
「お前に来る縁談はない。社交界にも出ていない病弱な娘なのだから」
「私は健康ですが?」
「……その豪胆なところは母そっくりだな」
その一言で、父も祖母を嫌っていたことに気づいた。
「ロースウェル公爵家へ、行儀見習いのメイドとして出す」
「侯爵家の娘がメイドですか?」
「お前はプルセラ子爵家の縁者ということにする」
プルセラ子爵……、お母様の実家か。ま、嘘ではないわね。
「私はプルセラ子爵家に養子に出されるのですか?」
私の言葉に父は顔を歪めた。
「……そこまではしない。だが侯爵家の娘を他家に出すことは外聞が悪い」
私を家から追い出したいけど、侯爵家の娘を働きに出すのは外聞が悪い。城の侍女になら出せるだろうが、サーシャが働けるほど健康だと知られれば今まで嘘をついていたことになる。
働かず家を出すとなると縁談だが、それはない。
となると、身分を隠して外に出そうということになったのだろう。
「ロースウェル公爵家は王家に連なる名家だ。決して悪いことにはならないだろう。お前が虐げられるのを見ているのも辛い」
辛いならご自分で何とかしてくださいよ。
「わかるだろう、お前がこの家にいるだけで我が家が壊れてゆく。お前だって、それはよしとはしないだろう?」
何にもしない、責任は自分にはない。お前が被れってことね。
それでも、酒を飲んで暴れて、金を取り上げ自分の娘に手まで出そうとしていた前世の父親よりはずっといい人だ。
「わかりました。そのお話、お受けします。お父様もお母様も、どうぞお健やかに。お兄様とお姉様にもよろしくお伝えくださいませ」
こうして、私は前世と現世を受け入れ、雪華とサーシャの融合した新生『私』の人生を歩むことにした。
ま、前世よりはまともな人生になるでしょう、と思いながら。
ロースウェル公爵に到着した時、その屋敷の豪華さに目を見張った。
我がエルマンゼ家だって侯爵家だもの、それなりに屋敷も大きく豪華だった。
けれど領地の屋敷に比べると王都の屋敷はさほどでもない。当然だ、王都の土地は有限で高いのだ。
貴族は社交のシーズンには王都に集わなければならないが、基本領地を持っている者は領地の管理のために戻る。
生活の基盤は領地にあるわけだし、自分のところなら立派な屋敷も建て放題だからそちらの屋敷は立派になる。
土地代のかかる王都の屋敷など、持てない人もいるくらいだ。そういう人はホテル暮らしかアパートを借りる。アパート、といっても日本の六畳一間みたいなのとは違い5LDKクラスとかそれ以上の間取りのものだけど。
王都にしっかりした屋敷がある人は、王城に仕事を持っている人や、歴史のある家柄の人、金持ちだ。
王城に仕事を持ってれば王都暮らしが当然なので屋敷は必要、歴史ある家柄であれば人口が密集する前に土地を確保している、金持ちは言うに及ばずだろう。
で、ロースウェル公爵家はその全ての条件をクリアしていた。
元々が王家の者が臣籍降下して興した家で、何回も王女が降(こう)嫁(か)し、公爵家からも王妃を出している。
公爵家の力が大きくなり過ぎないように、ここのところは王家との婚姻関係を遠ざけてはいるが前公爵は外務大臣を務め、現公爵であるラウリス様は国王の補佐官の一人だ。
なので、侯爵家ではあるが父親の地位がさほど高くもない文官の我が家と比べると、桁違いにお偉い家なので、屋敷も素晴らしいというわけだ。
到着して格の違いを目の当たりにした私は、新人イビリ等を覚悟していた。
しかし、私の人生は後半戦に巻き戻す運命なのかもしれない。
ロースウェル公爵家の労働環境はとてもよかった。
古参の召し使いは厳格な人が多かったが、私はジジババが大好きなので、問題はない。
どんなに厳しく言われても、悪意がなければ教えをありがたく受け取る。
若いメイドや侍女達には、最初こそ警戒されていたが、私が休日を替わってあげたり、厨房で適当に作った菓子などを分けていたら仲良くなれた。
家に帰れない私には、休日など不要だったし、働くことには前世で慣れてるからね。
更に、前世を思い出した私はこの世界で有益な知識も持っていた。
この世界には無かったハタキを考案したり、茶殻で掃除をしたり。菓子もそうだけど、余り物で料理をしたり。
農家の手伝いをしていたから、庭師の仕事を手伝って親しくもなった。
一番皆に気に入られた理由は、私がラウリス様に興味がないことだろう。
現在のこの屋敷の主人であるラウリス様は、女性なら誰でもポッとなってしまうようなイケメンだった。
背中まである長い銀髪を緩やかに後ろで結び、冷酷にも見える薄青の瞳。背は高く、体つきもすらりとしていて文句の付け所もない。
人形のような完璧な造形。
お屋敷に勤める女性達は皆、ラウリス様が好きだった。
好き過ぎてアプローチなどすると、即座にクビにされていたが。
多分、社交界でも女性に付き纏(まと)われているのだろう、女性に対する態度は冷ややかだ。
私も、初めて挨拶させていただいた時には正直ちょっとポッとしてしまった。こんなに美しい男の人がいるんだなぁ、と。
美しいといっても中性的ではなく、細マッチョ系ので凛々しさもある。
だが私はよくわかっていた。
モテる男に近づくと女の嫉妬でとんでもない目に遭う、と。
前世小学校で学級委員の男子に親切にされた途端、女子の無視攻撃が始まったことを忘れてはいない。
そこに恋愛感情などなく、彼からすれば見(み)窄(すぼ)らしい私に同情しただけだったのだろうが、女子の気持ちはどんな理由でも許してくれないのだ。
なので彼に対する気持ちは無で通すことにした。
それがラウリス様を守るジジババのお気に召して、私はラウリス様のお部屋のある棟の担当になってしまったが……。
その途端、彼女達は余(よ)所(そ)余(よ)所(そ)しくなってしまった。
何とか関係を修復しようと、率先して彼を狙う女性達に彼の様子を報告し、私の好みは彼ではないと言っている。
しかもその好みが黒髪黒目で、ちょっと不良っぽい人だと具体的に説明した。因に、モデルは前世弟の隼人である。
更に掃除した時に落ちていた彼の髪を配ってあげたらとても喜ばれた。
もっとも、これは後でメイド長に怒られたのですぐ止めたが。
お陰で、苛めはないが、微妙なところかなぁ。
ラウリス様自身は、最初私を無視していた。若い女性は視界にも入れたくないというような態度で、命令以外に向けられる言葉もない。
他の若い女性の使用人は、それでも他に何かありませんかとしつこくアプローチするのに、事務的にしか会話をしない私を気に入ってくれたようで、働いて一年もすると私は彼付きの侍女に昇格した。
接点が増えてからよくわかったが、ラウリス様は本当に塩対応だ。いや、氷対応と言うべきか?
メイドが声を掛けると振り向きもせず最小限の返事のみ。ご自分から話しかけるのは言い付ける用事の内容を簡潔に。
来客で女性が訪れても、表情が変わらない。
男性にも、紋きり口調。
ご友人とでも『ああ』『そうだな』『それで』程度。ご友人の方はもう慣れているのか文句はないようだけど。
私も、最初はラウリス様に敬遠されていたが、そのうち私に下心が微(み)塵(じん)もないとわかると、男性の侍従に対するような気安さも見せてくれるようになった。
元々ラウリス様に付いている侍従のカールだけは、不服そうな目を向けてくるけど。
このカール、私が侍女でいることも不満なのよね。
ラウリス様が屋敷にいる時には、彼に代わって外に出ることが多いから会うことは少ないのだけれど、戻って彼の側に付いてる時には私を邪魔者扱いする。
接点が少ないだけに、私がラウリス様を狙ってると思ってるみたい。伯爵家の次男ということでプライドも高い。
ただラウリス様には心酔してるから、彼の前では文句は言わないけど。
というわけで、新生『私』はまあまあ順風満帆な生活を送っていた。
「ラウリス様、お茶が入りました」
ラウリス様の執務室。
デスクで書類に向かっているラウリス様に声を掛けるが、彼は顔を上げない。
「お茶でございます」
もう一度声を掛けると、彼は顔も上げずに答えた。
「まだ二時だ。お茶は三時だろう」
不満げな声。
「はい。ですが本日は三時にエリーゼ様がいらっしゃるので、その前にお茶を終えたいから早めろと昨日おっしゃっておりましたので」
エリーゼ、という名前を聞いて、彼は顔を上げた。
相変わらず美しいお顔だ。
切れ長の目に長い睫毛(まつげ)、通った鼻筋に形のよい薄い唇。
メイド達が氷の貴公子と呼んでいるのも頷(うなず)ける。
「……そうだったな」
ため息をついて書類を置き、彼はデスクからソファの方へ移動した。
「本日のお茶うけはリンゴのタルトとタマゴのサンドイッチでございます」
「お前の作ったアレか」
「先日お気に召したようでしたので。本日は料理長が作りました」
先日、執事のアルマンさんの夜食を作ってあげたら、そこにラウリス様が通りがかって興味を持ち一つ摘まんだタマゴ焼きのサンドイッチだ。
腹に溜まるし置いておいても野菜を使ったもののように水っぽくならないのがいいと、今度は自分に作ってくれと言われたのだ。
けれどさすがに主人の食事を私が作るのは憚(はばか)られたので、料理長にレシピを教えてそちらに作ってもらった。味の確認のために一切れいただいたが、タマゴがふわふわで私が作った素人料理よりずっと美味しかった。
ラウリス様も一口齧(かじ)って「この間のより美味いな」と呟いた。
「お前が作ったものが不(ま)味(ず)いというわけではないぞ」
とフォローが入るのは、冷淡に見えるこの人の本質が善人である証拠だろう。
「そういえば、先日お探しになっていた『エッセン神話』ですが、書庫にございました。まだ必要でしたらお持ちいたしますが?」
「書庫に? あそこは一通り見たが?」
「経済学の書棚に紛れ込んでおりました」
「経済学? わざわざそんなところまで探したのか?」
「いえ、偶然です」
「ということはお前は経済学の本を読んでる、ということか?」
「はい」
ラウリス様の侍女になってから、彼の手伝いをするということで私は書庫への出入りを許可されている。
彼が求める本を持って来るというのが主な理由だが、個人宅で司書がいないから管理もやらされるようになった。
その代わり、書庫の本を好きに読むことを許可されていた。
「何を読んでいる?」
「『エドマンの商店成り上がり物語』を読んでおりましたら、加重平均という言葉が出てまいりまして、その意味がわからなかったので調べるために経済の入門書を」
「商店成り上がり……? そんな本が我が家にあったのか? どんな内容だ?」
「面白かったです。一介の行商人のエドマンという男が王都一番の商会を立ち上げるまでの一代記で」
「変わってるな。女性の読むような本ではないだろう」
「将来のために役立つかと」
ラウリス様は呆れた、というような顔をした。
「お前は商売をするつもりか」
「ここを解雇されたら考えてもよいかと」
「女性は結婚を目指すものだろう」
結婚から逃げてる人に言われても。
「私は持参金もありませんし、お相手もおりませんので」
この続きは「異世界転生して、メイドの仕事に邁進したら、冷徹公爵から溺愛されて困っています! 〜私、媚薬なんか使ってません〜」でお楽しみください♪