書籍詳細
心を病んだ傷心令嬢、コワモテ辺境伯からの熱血生活指導を受けています
定価 | 1,320円(税込) |
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発売日 | 2024/04/26 |
電子配信書店
内容紹介
立ち読み
プロローグ
馬車の扉が開けば、ひんやりとした空気が入ってくる。
扉の向こうに見えたのは、薄曇りの空と無機質な石畳だった。
「ようこそ、アーバンス領へ」
白髪交じりの壮年の男性は、穏やかな声音で歓迎の挨拶をすると、恭しく頭を下げる。
「私はアーバンス家執事のトマスと申します。この度のご訪問、誠にありがとうございます」
「……フランチェスカ・ロメンスです。短い期間となるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらにご滞在の間は、どうぞ王都の喧騒を忘れ、ごゆるりとお過ごしください」
トマスの手を借りつつ馬車を降りる。
彼は丁重に出迎えてくれたが、訳ありである自分が、諸(もろ)手(て)を挙げて歓迎されていると想像できるほど楽観的な性格ではなかった。
周囲に視線を向けるものの、あたりにトマス以外の人影は見えない。
その状況に、小さく肩を落とす。
見合い相手であるアーバンス家当主がこの場にいないことが、私を歓迎していない何よりの証拠だろう。
「主人も本来はこの場にいるはずだったのですが、仕事がずれ込み帰邸が遅くになると伺っております。晩(ばん)餐(さん)には間に合う予定ですのでご安心ください」
私の懸念に気付いたのか、トマスは穏やかにそう告げる。
「……お気遣いありがとうございます。お仕事でお忙しいのでしょうし、仕方のないことです」
本当は私に会いたくなくて適当な理由をつけているのかもしれないが、たとえそうだとしても、私に相手を責める権利はなかった。
「ひとまず滞在期間は三ヶ月とお伺いしております。せっかく遠いところを、はるばる辺境の地へとおいでくださったのですから、ぜひアーバンス領に慣れ親しんでいただければと」
トマスは私が持参した荷物を運び込むように使用人に指示をすると、用意された部屋へと先導を始める。
その背を追うようにして、これからお世話になるというアーバンス辺境伯邸へと足を進めた。
*・*・*
「フランチェスカ、アルベルト殿との婚約は解消することになった」
書斎に響いたお父様の言葉に、頭が真っ白になる。
眉根を寄せてそう語る父の側(そば)には、沈痛な面持ちで立つ母の姿があった。
大事な話があると呼び出されたため、てっきり今月十八歳になった私とアルベルト様との婚姻式についての話だとばかり思っていた。
――それがまさか、婚約解消だなんて。
思わずふらつきそうになる足に力を込め、動(どう)悸(き)を鎮めるように胸元を押さえると、目の前に座るお父様に向けて笑顔を取り繕った。
「……どうしてでしょうか? 私とアルベルト様は八年間にわたって婚約関係にありましたし、不仲となっていたわけではありません。確かに最近少し来訪が少なくなっておりましたが、仕事と交友関係でお忙しいからだと伺っておりました。それに――」
「フランチェスカ、落ち着きなさい」
「しかし――」
「大丈夫だから、落ち着きなさい」
幼子に言い聞かせるようにゆっくりと声をかけるお父様に、続けようとしていた言葉を呑みこむ。
僅かに震える唇を抑え込むように噛みしめれば、そんな私の様子を見て、お父様は深い溜め息を吐(つ)いた。
「アルベルト殿は浮いた話の絶えない方ではあったが、これまでフランチェスカとの婚約に異を唱えることはなかった。しかし、今回はどうやら風向きが変わったらしくてね。半年前に出会ったヴィデル男爵家のエリーゼ嬢に心惹かれ、婚約を結び直すつもりだそうだ」
お父様の口にしたその名前に、華やかな容姿に波打つ豊かな黒髪を靡(なび)かせた艶(あで)やかな令嬢の姿が浮かぶ。
お茶会や舞踏会で顔を合わせるたびに、横目に見ながらこちらに聞こえるようにくすくすと嘲笑を響かせていた彼女。
偶然を装ってドレスを汚されたこともあったし、舞踏会でわざとぶつかってきた彼女から私にぶつかられたと泣いて周囲に訴えられたこともあった。
――ああ、彼女が。
聞かされた事実に、目の前が黒く塗りつぶされていくような心地になる。
「アルベルト殿のことで浮気相手の御令嬢から嫌がらせを受けていただろう?」
お父様の声に、ハッと顔を上げた。
「どうしてそれを――」
「そして、それをアルベルト殿本人に相談したね?」
こちらの質問に返答せず、じっと向けられる眼差しに、静かに首を縦に振った。
婚約者でありトレイル公爵家嫡男であるアルベルト様が、社交界で流した浮名は数えきれない。
常に華やかな噂(うわさ)の中心にいるような方で、実際に何人ものご令嬢と関係を持っていた。
それを知った当初は婚約者である自分に不義理ではないかと指摘したものの、一夜限りの相手なのだから目くじらを立てるなだの、結婚するまでは自由にさせてほしいだのと言いくるめられ、結局反論することは叶わなかった。
一夜限りの相手となった令嬢達は、私という婚約者がいるからアルベルト様は自分のものにならないのだと逆恨みし、陰湿な嫌がらせが始まった。
お茶会でわざとドレスを汚されたこともあれば、脅迫状まがいの手紙が送られてきたこともある。
結婚の期日となる私の十八歳の誕生日が近づくにつれて加熱していく火遊び具合に、さすがにそろそろ自重してほしいと懇願の手紙を送り、そこには数(あま)多(た)のご令嬢方から受けた嫌がらせについても言及していた。
一体なぜ、それを父が知っているのか。
「トレイル公爵側はこの程度の嫌がらせを受け流せないのなら公爵夫人としてやっていけないと、フランチェスカの素養不足を主張している」
その言葉に、息が詰まる。
「長年の婚約者だと知れ渡っているフランチェスカに一方的な婚約破棄を突き付けるとなれば、トレイル公爵家としても外聞が悪いのだろう。公爵家は、表向きはフランチェスカに公爵夫人としての素質が足りなかったとして、円満に婚約解消したいということらしい」
あまりにも理不尽な先方の言い分に、唇を噛(か)みしめた。
私達の婚約は、身分差がありながらも金銭や派閥等の利害関係から、先方からの申し出を受けて成立した政略的なものだったはずだ。
あれほど正式な婚約者は変えようがないのだから婚約期間くらい自由にさせろと言っていたのに、遊び相手に本気になった途端、一方的に婚約破棄を言い出すなんて――。
「フランチェスカ」
お母様の声にハッと我に返る。
視線を上げれば、困ったような笑みを浮かべたお母様が、こちらを見つめていた。
「眠れていないのでしょう? 食欲がない、動悸がする、息苦しい、他にも多くの不調をきたしているとも聞いたわ」
ぎくりと身体を強張らせる。
家族に心配させないように、相談した医師にも口外しないようお願いしていたはずだった。
「医師はお前から口止めをされていると頑(かたく)なに口を割らなかったが、フランチェスカのことが心配だからとお願いして話を聞いたんだよ」
諭すようなお父様の言葉に、視界が滲(にじ)みそうになるのをぐっと堪(こら)えた。
「……大したことはありません。夜になると胸が苦しくなったり、少々寝つきが悪くなっていただけです。食事も全く受け付けないというほどではありませんので」
「ここ最近、自室で食事を摂ることが増えていたのは、そういう理由だったのね」
「フランチェスカ、そうやってなんでも自分で抱え込もうとするのはお前の悪いくせだ。実の親である私達にくらいは正直に話して頼ってくれないか」
お母様の気遣わしげな眼差しと、お父様の優しい言葉に、熱いものがこみ上げてくる。
深夜、一人ベッドで寝ていると、夜会で受けたさざめくような嘲笑や、手紙に書いてあった罵倒の言葉が蘇(よみがえ)り、何度もうなされて目覚めてはベルを鳴らした。
私の事情を知っている専属侍女のメアリーは、進んで夜勤を選んでくれていたし、ここ数年は内密に医師を呼んで診(み)てもらう日々が続いていた。
「医師から、お前の不調は不安や心配からくる『心の病』ではないかと聞いている。そして手紙でお前の状況を知ったアルベルト殿を始め、トレイル公爵家も同様の意見のようだ。しかし先方はたちの悪いことに『心の病』を患うような令嬢は公爵家に相応(ふさわ)しくないと、病名を婚約解消の理由にしようとしている。自分達のしてきたことを棚に上げてな」
最後の一言と同時に、お父様の舌打ちが聞こえた。
今回の場合、アルベルト様の浮気というだけならば、あちらからの一方的な婚約破棄であり、非難も賠償金についても先方が全て請け負うべきものだっただろう。
しかし、タイミング悪く私が体調不良を訴える手紙を送ったせいで、あちらはこれ幸いと言わんばかりに、両者に非がある体(てい)で円満な婚約解消を提案してきた。
私が自身の現状を伝えたことがきっかけで、状況を悪化させたことは明らかだ。
この婚約解消は、ある意味自分で蒔(ま)いた種と言えるのだろう。
アルベルト様の婚約者となって八年。
次代の公爵夫人となるために、礼節や社交、領地運営についてなど、長きにわたって学んできた。
厳しい教育を受け、婚約者の浮気に心乱され、嫌がらせを受けても耐え忍んできた八年間は、一体なんのための時間だったのだろうか。
「フランチェスカ……」
名前を呼ばれると同時に、母の腕に強く抱きしめられる。
「気付いてあげられなくて、ごめんなさい」
苦しげに呟(つぶや)かれたその声に、小さく首を振った。
この八年間何があろうと、心配をかけまいと明るく振る舞ってきたのは私自身だ。
うまくやっているつもりだった。
両親のため、家族のために、次代の公爵夫人として立派に務めを果たすつもりだった。
それが急に婚約破棄され、全てなかったことにされてしまえば、私は明日から何を目標に生きていけばいいのだろう。
呆然と窓のほうへと視線を向ければ、硝子(ガラス)の向こうに軽やかに飛ぶ小鳥の姿が映る。
婚約という制約の中にいた自分は、外の世界から目を背け、籠の中に引きこもっていたも同然だった。
突然自由の身になったとして、果たしてあの小鳥達のように、うまく飛ぶことができるのだろうか。
「フランチェスカ」
ふと自分の名前を呼ぶ声が耳に届く。
ゆっくりと視線を動かせば、真っ直(す)ぐにこちらを見つめる父の姿があった。
「一旦、王都を離れなさい」
思いもよらぬ提案に、ゆっくりと目を瞬く。
「いずれの形にせよ、近日中にお前とアルベルト殿の婚約解消は、大々的に発表されるだろう。現在筆頭公爵家であるトレイル家の婚約問題は、否が応でも話題になる。周囲が騒がしくなる前に王都を離れ、諸貴族達の目の届かないところに身を寄せたほうがいい」
そう語った父は、引き出しから一通の封筒を取り出し机の上に置いた。
「実は、王家からお前宛の縁談を受け取っている」
驚きながらも封筒の中身を取り出せば、確かに私宛の縁談内容が記されていた。
その相手は――。
「アーバンス辺境伯、ですか」
「ああ、北の大地にある我が国の防衛の要。アーバンス領を治めるルガート・アーバンス殿だ」
アーバンス辺境伯とはお会いしたことはないものの、令嬢達の中に広がる数々の噂は耳にしていた。
辺境伯として険しい山沿いにある国境の防衛を任され、頻繁に現れる蛮族に対応するため我が国で唯一軍隊の所持を許されている彼は、気難しく貴族嫌いであり、これまで何度もアーバンス領を訪れた縁談相手を追い返してきたらしい。
アーバンス領は、王都から馬車で何日も揺られてようやく辿(たど)り着く北の辺境だ。
そんな場所まではるばる会いに来たご令嬢を追い返すだなんて、随分薄情な方だと感じたことを覚えている。
社交界には滅多に姿を見せず、その姿は熊のように大柄で、猛獣のような鋭い目つきをしているらしい。
確か年齢は私の十歳上、今年で二十八歳になるはずだ。
「フランチェスカとは少々年が離れているが、陛下からは一度会ってみてもらえないかとの提案を受けた。お互いをよく知るためにも、アーバンス領での滞在を前提にした縁談だ」
その言葉に手紙に視線を戻せば、縁談の詳細が記されていた。
「縁談期間は最大三ヶ月、もし戻りたければいつ帰ってきてもいい。せっかくだから静養も兼ねて三ヶ月、北の大地で羽を伸ばしてくるといい。この縁談を利用して王都から距離を置いておけば、謂(いわ)れのない誹(ひ)謗(ぼう)中傷からフランチェスカ自身の心を守ることができるだろう」
「しかし、それでは悪評から逃げてしまうことに――」
「逃げていいんだ。取るに足らない悪評と向き合う必要はない」
力強くそう告げたお父様は、ゆっくりとこちらを見上げると、目尻を下げるように微笑んだ。
「これまでお前の心を守ってやれずにすまなかった」
小さく頭を下げたその姿に、目頭が熱くなる。
「フランチェスカ、ここは私達に任せてアーバンス領に身を寄せなさい」
顔を上げれば、お母様の優しげな眼差しがこちらに向けられていた。
「貴女(あなた)以上に、大切なものなんてないもの」
その言葉に、熱いものが込みあげてくる。
これまでアルベルト様の婚約者として、何が起ころうと一人で抱え込み、誰も頼ろうとしなかった。
そんな自分の行動が、両親を傷つけていたことに初めて気付く。
「私が不甲斐ないばかりに……申し訳ございません」
そう口にしながら深く頭を下げた。
トレイル公爵家の申し出を受けて、事前に婚約解消を知っただろう陛下が、何を考えて私と辺境伯との縁談を持ち出したのかはわからない。
しかし、その縁談が、今一つの救いになっていることは確かだった。
そう考えながら、はたと小さな疑問を抱く。
「……お父様。アルベルト様は、この縁談をご存じなのですか?」
「ああ。本人が婚約解消の申請に登城した際、陛下が直接尋ねたと言っていた」
「彼は、なんと?」
「……『歓迎する』と。先に浮気をした先方からすれば、フランチェスカに別の相手が現れることは都合がいいんだろう」
つまり他の女性に心を奪われたアルベルト様は、長年の婚約者だった私に対して、既に何の興味もないということなのだろう。
幼い頃に婚約を交わしてから約八年。
身も心も彼に捧げるつもりだったし、私なりに彼の婚約者として努力してきたつもりだった。
彼が他の女性と浮名を流すたびに今だけだと耐え忍んでいたし、いつかは私の元に戻ってくるのだからと、体調を崩してまでも我慢してきた。
――その結果が、婚約解消だなんて。
長年の婚約相手の裏切りに、思わず両手を握りしめる。
「……けます」
気が付けば口が勝手に動いていた。
私の言葉に顔を上げたお父様を、真っ直ぐに見据えて大きく息を吸う。
これ以上、自分の人生をアルベルト様に引っ掻(か)き回されたくはない。
そんな覚悟を胸に、私は口を開いた。
「この縁談、受けさせてください」
一章 出会い
ふと目を開けば、夕日に満ちていた自室は薄闇に包まれていた。
長旅の疲れからか、どうやら自室の長椅子で寝てしまっていたらしい。
小さく伸びをすると、いつの間にか明かりの灯っていた燭(しょく)台(だい)へと目を向ける。
私が眠っていた間に、使用人の誰かが明かりを灯してくれたことに、心の内で小さく感謝を呟いた。
トマスの案内で自室へと向かったのは、夕日が沈み始めた頃。
王都にある華やかさを重視した建物とは正反対の、堅(けん)牢(ろう)な作りの邸(やしき)に足を踏み入れれば、こざっぱりとしたエントランスに華美ではないが落ち着きのある調度品と、想像していたよりも親しみやすそうな内装を見て、小さく安(あん)堵(ど)の息を吐いた。
ここまでの道中長旅の間は、どうなることかと不安を胸に抱えていたが、ひとまず過ごしやすそうな住まいに肩の力が抜けたことを覚えている。
「こちらがフランチェスカ様のお部屋です。邸の中で一番陽(ひ)当(あ)たりの良い部屋をご用意いたしました」
にこにこと人の良さそうな笑みを浮かべたトマスによって開かれた扉の先には、広々とした部屋が広がっていた。
室内はぐるりと白い壁紙が貼られ、温かい木目を感じられる調度品がそれぞれ配置されている。
南に向いた大きな窓からは橙(だいだい)の日差しが差し込み、夕刻にもかかわらず、光に満ちた明るい部屋だった。
「……素敵な部屋ね」
「そう言っていただけると主人も喜びます」
なにせこの部屋を使うようにと指示をしたのは主人本人ですからと胸を張るトマスに、僅かに頬が緩む。
「アーバンス卿にも、どうぞ感謝をお伝えください」
「かしこまりました」
一礼したトマスは、晩餐の支度ができた頃に呼びに参りますと言い残して部屋を去っていった。
一人残された部屋の中で、近くにあった長椅子に腰掛けたまま、いつの間にやら眠りに落ちてしまったらしい。
燭台に明かりが灯るような時間と考えれば、もうじきこの邸の主人であるアーバンス辺境伯もお戻りになられる頃だろう。
王都を追い出されるように出発して五日、ようやくアーバンス領に辿り着いた。
邸は過ごしやすい雰囲気だし、執事のトマスも朗らかで話しやすい。
残りの心配事は縁談相手であるアーバンス辺境伯家当主、ルガート・アーバンスのひととなりのみだった。
王都から逃げるようにこの地に赴いた私を、彼はどう受け止めるだろうか。
これまで散々縁談相手を追い返してきたという彼だが、自分の事情を考えれば、簡単に王都に引き返すわけにもいかない。
王都を出(しゅっ)立(たつ)する前に見送ってくれた両親の顔が浮かんでくる。
――少なくとも一ヶ月。できれば三ヶ月の期限までは、この地に留まらねば。
そう心に決めると、薄闇に包まれる部屋の中で、静かに拳を握った。
*・*・*
アーバンス卿が帰宅したのは日も沈んでしばらくしてからだった。
トマスが部屋を訪れ、主人の帰邸が告げられると、晩餐用にと身支度を整えられて食事室へと向かう。
持参した服に身を包んだ私は、食事の場に向かいながらも、初対面の挨拶で何を口にすればいいかと考えていた。
三ヶ月はお世話になる相手なのだから、せっかくなら少しでも好印象を持ってもらいたい。
――心の病については、口外しないほうがいいわね。
心の病を患っていると知られてしまえば、即座に追い返されてしまうかもしれない。
王都で囁(ささや)かれる噂を耳にしたことはあったものの、実際アーバンス卿についてこれといった情報はない。
ああでもないこうでもないと悩んでいるうちに、あっという間に食事室に着いてしまった。
入り口に立ち、案内してくれた侍女が扉を叩く。
彼女の手によって開かれた扉の向こうには、並んだ料理とカトラリー、壁側に控える使用人達。
そして、中央のその先には、くすんだ赤毛を短く切り揃(そろ)えた男性が座っていた。
辺境の軍を率いる立場らしく鍛えられた肉体は、熊ほどではないが、王都の貴族男性よりも多少大柄に見える。
猛獣のようだと噂に聞いていた彼の鋭い目つきには、確かな威圧感があった。
――この方が、アーバンス卿。
私同様に晩餐のためにと身支度を整えられたのか、首元が窮屈そうな正装に身を包んだ彼は、その琥(こ)珀(はく)色の瞳をこちらに向けた。
「貴女がフランチェスカ嬢か」
この続きは「心を病んだ傷心令嬢、コワモテ辺境伯からの熱血生活指導を受けています」でお楽しみください♪