書籍詳細
君を落としてみせるから 草食上司の瀬名さんがじつは肉食だった件
定価 | 1,320円(税込) |
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発売日 | 2024/05/31 |
電子配信書店
内容紹介
立ち読み
1、草食上司の瀬(せ)名(な)さん
「ちょっと待ってください!」
マーケティング部がある二十七階の廊下をエレベーターに向かって歩いていたら、前方のミーティングルームから男女が飛び出してくるのが見えた。最初に出てきた男性をあとから若い女性が追いかけてきた形だ。
――えっ、修羅場!?
咄(とっ)嗟(さ)にすぐそこのトイレの入り口に身を隠す。立ち聞きするつもりはないけれど、この先のエレベーターに乗るにはあそこを通過するしかない。今来た道を戻って階段を使おうにも、廊下に出れば二人に気づかれてしまうだろう。
とにかく気まずいことになりたくはなかったので、そのまま壁のこちら側で二人が去るのを待つことにした。
――ああ、こんなことならもう少し早めに出ればよかった。
金曜日の今日は会社の創立記念パーティー&歓迎会だ。
毎年四月中旬におこなわれるこの会は、私、白(しろ)崎(さき)菜(な)々(な)子(こ)が働くIT企業『株式会社Knock(ノック) Touch(タッチ)』の恒例行事。会社の創業は九年前の三月なのだが、年度末は忙しいため四月に新人研修が終わったタイミングで開催することになっている。我が社のスタッフであれば誰でも参加自由なイベントだ。
『Knock Touch』は渋(しぶ)谷(や)駅直結の企業ビル内にあり、二十八階建てのビルの二十六階から二十八階までの三フロアを占有している。今日のパーティーでは二十六階中央の大会議室と廊下を挟んで向かい側にあるスタッフの休憩スペースが開放されており、午後五時から八時までの三時間、全額会社負担で豪華ケータリング料理を堪(たん)能(のう)できるのだ。
会社主催だから幹事が開催場所を探したり集金したりする手間がない。移動時間も省けるし、仕事の合間にちょっとだけ顔を出すこともできる。合理的で無駄がないこのシステムを、私は非常に気に入っているのだけれど……。
――完璧にタイミングを間違えた。
パーティーに三時間もいる必要はないだろうと考えて、週明けからマーケティング部に配属される新人用の資料の最終確認をしていたのだが、気づけば午後六時半を過ぎてしまっていた。あと五分早く出ていたらこんなところに隠れずに済んだのに、いや、こんな場面に出くわさなかったのにと後悔したが今更だ。パーティーのメインである優秀社員の表彰式とビンゴ大会までにはまだ時間がある。焦っても仕方がないのでそのまま様子を見ることにした。
「――私ってそんなに魅力がないんでしょうか」
「困りましたね。君が相談があると言うからミーティングルームに来たんですが」
「だから恋愛相談ですよ。瀬名さんに私の気持ちを打ち明けたかったんです」
――瀬名さん!?
さっきは隠れるのに夢中で二人の顔をしっかり見なかったけれど、そうか、あれは瀬名さんだったのか。そして今の会話を聞いてわかった。相手の女性は……。
――たぶん元(もと)井(い)さんだ。
元井愛(あい)、二十三歳、私がいるマーケティング部に三月から入ってきた派遣社員。アニメの声優みたいな高めの声が印象的だ。私のチームには入っていないので直接関わることは少ないけれど、黒のショートヘアで背が低く、目がくりっとしていてアイドルみたいで可愛いと、若手の男性社員が騒いでいた。あの特徴的な声は彼女で間違いないだろうと思う。
その後の動向が気になりそっと廊下を覗き込む。想像どおり、ミーティングルームの前にいるのは私が思い描いていた二人だった。こちらを向いて立っているのはスラリとした長身にネイビーブルーのスーツを着込んだ瀬名さんで、こちらに背を向けたワンピース姿の元井さんと廊下の隅で向き合っている。
「――さっきも言ったとおり、気持ちはありがたいですが、僕は恋愛は……」
「恋人はいらないというのはさっき聞きました。だったら私のどこが駄目だったのか教えてください。そうじゃないと、私……諦めきれないです」
元井さんが肩を落としてうなだれる。この会社に派遣されてきたときから憧れていた。自分のどこが駄目なのか。顔か、身体か、この声か。社内恋愛が駄目なのか、それとも派遣社員なんかは相手にできないというのか……と涙声で訴えた。
「我が社は社内恋愛を禁止していないし、派遣か正社員かも関係ありません。僕が仕事に集中したいだけで、元井さんに非があるわけではないんです。せっかく告白してくれたのに、気持ちを受け止められなくて申し訳ありません」
「それじゃあ、私に問題があるわけじゃないんですね?」
「……そうですね。ただ、ミーティングルームはこのようなことに使うべきじゃない。仕事の相談であれば、今度はチームリーダーと一緒に話を聞きますよ。あと、一度きりでもいいなんて軽はずみなことは言わないでください。結婚するまで大事にしてほしい」
瀬名さんは子供を諭すような柔らかい口調で言い含めた。最後に「じゃあ、僕は表彰式の準備がありますので」と告げたあと、コツコツと革靴の音が遠ざかる。瀬名さんがその場を離れて行ったのだ。
――今どきの子って積極的だなぁ。
どこが駄目なのかと聞けるのは、自分に自信がある証拠だ。男性社員が『可愛い』と噂しているだけあって、本人もそれを自覚しているのだろう。今回のアプローチも勝算があってのことだったのだと思うけれど……。
――だけど元井さん、今回は相手が悪かったよ。
だって相手はあの瀬名さん。クリーンで清潔、難攻不落で有名な、我が社きっての草食上司なのだから。
我が社には二人の『王子』がいる。一人は加(か)賀(が)美(み)一(いつ)樹(き)社長、もう一人が瀬名雅(まさ)己(み)副社長、共に三十歳だ。キリッとした凛々しい顔つきで黒髪男子の加賀美社長と、物腰の柔らかい茶髪男子の瀬名さんは、その対照的な雰囲気から陰で『黒王子』と『白王子』と称されている。
この二人は有名私立大学幼稚舎時代からの同級生で、大学在学中に我が社の事業の基礎となる動画投稿用SNSを開発して起業したというのは有名な話。そこからSNSマーケティングや運用、コンサルティングをおこなう『Knock Touch』を設立し、その四年後には株式上場を果たしている。今では従業員数二百五十名を超える急成長中の企業で、ツートップが若いだけあって自由でチャレンジ精神を大切にする社風が特徴だ。
瀬名さんは副社長でありながら営業企画部門の総括もしていてマーケティング部にもちょいちょい顔を出している。彼が副社長と呼ばれないのには理由(わけ)があって、なんでも創業時に瀬名さんが『僕は副社長という柄じゃないし、「瀬名副社長」というのは長ったらしくて嫌だから、肩書はつけなくて結構です。僕が加賀美を蹴落として社長になった暁には、堂々と瀬名社長と呼んでください』と冗談を交(まじ)えて宣言したらしい。私が五年前に入社したときには既に『瀬名さん』呼びが定着していた。
瀬名さんは『彼が通ったあとは爽やかな風が吹く』とか『近くにいると心が浄化される』などと言われる生きた空気清浄機。洗濯したてのシーツくらい真っ白で尊い存在だ。いつも穏やかな微笑みを浮かべていて腰が低く、女性社員にデレデレすることも必要以上に話しかけることもない。過去に浮いた噂の一つもなく、あまりにもクリーンなため、じつは女性が苦手なのではとか童貞なのではという噂まである。私もその説は案外当たっているのではないかと思っている。
三月中旬にうちに来たばかりの元井さんは、そのあたりの事情を知らずに無謀にもアタックしてしまったのだろう。私が入社してからの過去五年間でも、何人もの新入社員が『恋愛よりも仕事をしているほうが楽しいので』とさらりとかわされ早々に玉砕するのを見てきている。これこそ彼が『恋愛に消極的な草食系』と言われている所以(ゆえん)だ。
あんなに美形な白王子、惹(ひ)かれてしまってもしょうがない。女性たちの気持ちはわからなくもないが、私みたいに目の保養として眺めているくらいがちょうどいいと思う。
そう、私が彼を一人の男性として意識することはない。
――だって私には……。
などと考えていたら、遠くからヒールの靴音が近づいてきた。
――嘘っ、元井さんがこっちに来た!
こんなところで出くわして、盗み見していたと思われるのは心外だ。いや、見てはいたのだけれど、これはあくまでも不可抗力であって……。慌ててトイレの一番奥の個室に逃げ込んだ。息を殺して潜んでいると、トイレの入り口でヒールの音が止まる。
「くそっ、腹が立つ! あれで興奮しないって、修行僧か!」
――ええっ!?
聞こえてきたのはいつもよりワントーン低めな元井さんの声。しかも結構な悪態だ。『修行僧か!』で吹き出しそうになったけれど、両手で口を押さえて必死で耐えた。早く立ち去ってくれないかと思っていたら、今度はしばらくしてから違う女性社員の声が聞こえてくる。
「やっほー、来たよ~。もしかして失敗したの? 今さっき瀬名さんが会場に来てたよ」
「知ってるよ」
更に低い声で元井さんが呟(つぶや)く。
――うわっ、一人増えた!
元井さんが呼び出したのだろうか、別の女性社員の登場だ。やり取りの雰囲気から二人は同年代らしい。一刻も早くここから出ていきたいのに、なんと彼女たちがその場で立ち話を始めてしまった。
「一度きりでもいいからって、腕にしがみついて胸を押し付けたらさ、『肌が触れすぎだから』ってミーティングルームから逃げ出しちゃって。そんなのわざとに決まってるだろ! 私にEカップの胸を押し付けられたら大抵の男は鼻の下を伸ばして誘ってくるのに、瀬名さんは勃たせてもいないの」
「愛でも駄目だったか~。短大時代から百発百中で狙った男を落とせてたのにね。このまえまで付き合ってたのって、車のディーラーの営業だっけ?」
「アイツはすぐに別れたよ。ケチなうえにマザコンだった」
――赤(せき)裸(ら)々(ら)すぎる!
こんなところでそんな大胆な話をしないでほしい。いや、こんなところに隠れている私も私だけれど! とにかくこれで、ますます出られなくなってしまった。私はバレないことを祈りながらじっと身を潜めているしかない。
「キャハハ、だから瀬名さんに行くって言いだしたのか。いきなり上を狙いすぎだよ。あの人は難攻不落だって教えてあげたのに」
「顔が本当に好みだったの! それに一度寝るまでならどうにか持ち込めるって思ったしさ。……本当にガッカリ! しかもあの人、『結婚するまで大事にしてほしい』だって。二十三歳にもなって処女なわけないだろ! もうさ、アレは絶対に童貞だよ」
「それじゃあ女性が苦手だって噂は本当だったんだ」
「本当、本当。アレは童貞じゃなければ女嫌いかEDだね」
「玉の輿(こし)狙い、失敗かぁ~。『瀬名不動産』の御曹司かもしれないのに」
「それも怪しいけどね」
瀬名さんが大手不動産会社『瀬名不動産』の御曹司かもしれないという噂は以前からあるが、その真偽は定かではない。会社のHPで公開されている公式プロフィールには『瀬名不動産』のことが一切書かれていないし、本人の口からも語られたことがないからだ。私は名字が同じなだけで勝手に噂が一人歩きしたパターンだと踏んでいる。だって実家のことをわざわざ隠す必要がないからだ。
二人は化粧直しでも始めたのか、カチャカチャと音を立てながら話を続ける。元井さんの不満げな声がトイレに響き渡った。
「あんたはここの正社員だからいいけど、私はずっと派遣だからさ~。ほら、派遣社員って長くても三年で契約更新じゃん? 私、そろそろ結婚相手を見つけて仕事も辞めて落ち着きたいんだよね。今回せっかく有名企業に潜り込めたから、ここにいるあいだに決めちゃいたいんだ」
「愛は相変わらず肉食だねぇ」
「私は自分の武器を心得てるだけ。勉強は苦手だけど、男に好かれるための努力は怠ってないもん。うちの部署にいる白崎さんって知ってる? あの人には負けたくないんだよね」
――えっ、私!?
予期せぬところで自分の名前が登場してビックリだ。思わず声が出そうになったのをすんでのところでとどまった。
「ああ、知ってる。私は総務の一般職だからたまにしか会わないけど、彼女は総合職でやり手だし、背が高くてモデルみたいだよね。毛並みがいい血統書つきの猫って感じ?」
「あの人もうかなりのオバサンだよ。ブランドものの服とバッグでキメちゃってさ、長い茶髪をバサッと掻(か)き上げていい女を気取ってるの。ちょっと仕事ができるからって偉そうだし、ああいうツンケンしたバリキャリ女は可愛げないから絶対に行き遅れるよ。私はとっととエリートと結婚して勝ち組になる。そこだけは負けたくない」
「怖(こ)っわ~、まあ、瀬名さんが駄目でもうちにはいい男がいっぱいいるからさ、せいぜい頑張りな」
「自分に彼氏がいるからって上から目線か! まあ頑張るよ」
二人の声が遠ざかって行くのを待ってから、私はゆっくりと個室の扉を開けつつあたりをキョロキョロと見渡す。
「……言いたい放題だったな」
瀬名さんへの悪態もずいぶん酷かったけれど、私まであんなふうに思われているとは知らなかった。
「かなりのオバサンって、五月十日の誕生日までは、まだ二十七歳ですけど!」
――それにツンケンって……。
百六十七センチと女性にしては高めの身長が威圧的に感じられるのだろうか。まつ毛が多いからアイラインを引いていないときでも化粧が濃いと言われるし、吊り気味の目尻がキツい印象を与えてしまっているのかもしれない。けれど……。
――血統書って、私の実家は群馬県の片田舎の一般家庭だし、父親は定年間近の学校教諭だし。
私がマーケティング部でチームリーダーに抜(ばっ)擢(てき)されて一年ちょっと。早めの昇進だったことから一部の社員からはライバル視されて、生意気だとか威圧感があるとか言われているのは気づいていた。けれどつい一ヶ月ほど前に会ったばかりの元井さんにまでそんなふうに見られていたなんて。
「長い茶髪をバサッと……ねぇ。いつも下ろしてるわけじゃないんだけど」
私はさっきまで彼女たちがいた化粧台の鏡を見つめてため息をつく。黒いパンツスーツのポケットからバレッタを取り出すと、ウェーブのかかったブラウンヘアをくるりと丸めて後ろで留めた。
――笑顔がぎこちないのかな。でも学生時代に無理やり笑ったら『自信満々な顔つき』って言われたしなぁ。
鏡に向かってニッと笑顔を作ってみたが、魔女が悪巧みをしているみたいで怖いだけだった。
「まぁ、くよくよしたって仕方がない」
陰でどう言われようが私は仕事を頑張るだけだ。そりゃあ、まあ、結構グサッときたけれど。
――勝ちとか負けとか関係ないし、行き遅れたりもしないし。
だから今日ここでの会話は聞かなかったことにして、彼女とは今までどおりに接しようと決めた。のちにこの元井さんと瀬名さん、両方と深く関わり合うようになることを知りもせず。
「――白崎さん、遅いですよ~! もうすぐ表彰式が始まっちゃいます!」
急ぎ足でパーティー会場に向かうと、スタッフの休憩スペースにある赤いソファーから日下(くさか)樹(じゅ)里(り)が立ち上がって手を振った。このスタッフ用休憩スペースは廊下からオープンになっている開放的な空間で、渋谷の街を見下ろせるカウンター席やテーブル席のみならず、キッチンシンクや冷蔵庫、飲み物とスナックの自動販売機まで揃っている。今日は目の前の大会議室と行き来しながら各々自由に寛(くつろ)いでいて、日下さんも食べ物が載った紙皿を片手に合同プロジェクトチームのメンバーとお喋りを楽しんでいたようだ。
日下さんは私の二年後輩の二十五歳。新卒で入社後マーケティング部に配属されて、昨年私が市場調査をおこなうサーチオペレーションチームのリーダーになってからはチームメンバーとして頑張ってくれている。元気で明るい性格で、私にも物怖じせずに意見を言ってくれる貴重な存在だ。
「さっき会場に社長と副社長が入っていきました。私たちも行きましょう」
「うん、そうだね」
私たちサーチオペレーションチームと営業企画部からの選抜メンバー、計五人が揃って目の前の大会議室へと向かう。足を踏み入れると既に中はたくさんの社員でごった返していた。
壁際に寄せられた長机には各種ケータリング料理や飲み物がズラリと並んでいる。いつもメニューが豊富ではあるのだが、我が社の業績がウナギ上りなだけあって、今年は特に大盤振る舞いな気がする。
「この感じだと、今年もビンゴ大会の景品に期待できますね。今運ばれてきたのって大型テレビの箱ですよ。私は隣の電動自転車狙いです!」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら一段上がった舞台に並ぶ景品をチェックする日下さんに、営業企画部若手メンバーの桑(くわ)田(た)くんが苦笑する。
「おいおい、その前に栄(は)えある表彰式だろう? 白崎さん、合同プロジェクトチームの代表として挨拶を頑張ってください!」
「了解です! 緊張で声が裏返らないといいんだけど」
間もなくすると室内の照明が若干落とされて、前方の舞台だけが明るく照らし出される。これから毎年恒例、社長賞の発表だ。
これは前年度に優秀な業績を残した社員に授与されるもので、賞状とともに賞金十万円が贈られることになっている。受賞者の名前は数日前に社内の一斉メールで通達されており、今年は私がリーダーを務めている、サーチオペレーションチームと営業企画部の合同プロジェクトチームが選ばれていた。
「今年の社長賞受賞者は、チーム白崎です。皆さんこちらにどうぞ!」
司会者のアナウンスで拍手が起こり、皆の視線が私たちに集まった。緊張しながら舞台上で横一列に並ぶ。加賀美社長がマイクに向かい、私たちの受賞理由を述べていった。
「――インフルエンサーを集めての座談会はこの業界内外で大きな注目を浴び、テレビや雑誌からも取材を受けたことで我が社の業績アップに大きな貢献をしてくれました」
今回の賞は昨年夏におこなった座談会企画が評価されてのものだ。我が社の大きな収入源はスポンサー広告なのだが、営業をかける際、スポンサーの商品がいかにたくさんの人目に触れるかがセールスポイントになってくる。つまり『Knock Touch』自体の注目度の高さが求められるわけだ。そのためマーケティング部、特にサーチオペレーションチームが今SNSで流行っているもの、これから流行りそうなものを調べているのだが、今回はその調査手段の一環として、動画投稿サイトを中心に活躍している有名インフルエンサーたちへのアンケートとインタビューを実施することにした。
だけど、これだけ知名度があるインフルエンサーを集めるというのに、個々に話を聞くだけで終わるのは勿(もっ)体(たい)無(な)い。そう考えた私は、これを座談会形式にして動画配信することを思いついた。人気インフルエンサー五名が一堂に会し、今の若者のニーズや傾向を、彼らが動画撮影する際の苦労話も交えて面白おかしく語り合う。その様子を配信することで会社の宣伝と絡められたら面白くなると考えたのだ。
営業企画部の社員に声を掛け、興味を持ってくれたメンバーと合同で企画書を提出。見事それが採用され、部署を横断しての一大プロジェクトとなった。
インフルエンサーたちが事前に座談会の告知をしてくれたため注目度は抜群で、我が社が配信した動画は百万回再生を突破。その後も参加者が座談会の感想などをそれぞれの配信動画で語ってくれたことで話題となり、我が社のスポンサー収益や株価が大幅アップとなったのだった。
「――おめでとうございます」
加賀美社長から全員が賞状を受け取ると、次いで副社長の瀬名さんから私に賞金の入ったご祝儀袋が手渡された。
「いつもは一律十万円としておりましたが、今回はチームでの受賞ということと功績の大きさを考慮して二十万円とさせていただきました。今回選ばれなかった皆さんも来年の受賞を目指して頑張ってください」
社長の言葉にどよめきが起こり、すぐに大きな拍手となった。嫉妬と羨(せん)望(ぼう)の眼差しに緊張しつつもどうにか挨拶を済ませると、私は合同チームのメンバーとともに降(こう)壇(だん)したのだった。
ビンゴ大会が終わればあとはフリータイムだ。食事を再開するもの、とっとと帰宅するもの、今から仕事に戻るものなどさまざまだけれど、私たちメンバー五人は休憩スペースの四角いテーブルを囲んで、賞金の使い道について相談していた。
「全額使ってパーッと飲みに行くのはどうですか?」
「一人四万円できっちり分けるという手もあるぞ」
「えーっ、せっかくだから豪華にお祝いしましょうよー!」
日下さんの提案に皆があれこれ意見を出して盛り上がっていると、いきなり「いい迷惑だよな」という言葉が耳に飛び込んできた。
「あんなの俺たち営業企画部が主導する仕事だろ。マーケティング部は情報分析だけしてればいいんだよ」
「インフルエンサーの座談会とか、あんな飛び道具を使うならいくらでもアイデアが出せるしな」
見ると中堅クラスの男性社員三人組が、廊下で立ち話をしながら不機嫌そうにこちらを見ている。たしか私が企画の相談に行ったときに、けんもほろろに追い返した人たちだ。
「桑田もいい加減にしろっつーの。営業企画部のプライドはないのかよ」
文句の矛先が桑田くんに向かったところで日下さんが勢いよく立ち上がった。
「ちょっと、失礼じゃないですか!」
日下さんが三人に向かって行こうとするのを桑田くんが制する。
「おい、日下、ちょっと待て! ……あれはうちの部署の先輩ですね。俺が行ってきます」
今度は桑田くんがネクタイを緩めて席を立とうとするものだから、私が慌てて袖を引く。
「日下さんも桑田くんも落ち着いて。私が話を……あっ」
臨戦態勢の二人を止めようと私が腰を浮かせたそのとき。ちょうどそこを通りかかった加賀美社長と瀬名さんが、三人組の前で足を止めるのが見えた。
「今年の受賞者が何か?」
「しゃ、社長! ……と瀬名さん」
慌てて口をつぐむ三人組に、加賀美社長が向き直る。
「受賞者の人選は各部署からの推薦を元に私と副社長でおこなったんだが、異論があるようなら聞かせてもらえないか? 今後の参考にしたい」
笑顔で言いつつも凛とした口調には圧がある。周囲がしんと静まり返り、皆の注目が集まった。
「い、いや、俺たちは何も……」
三人揃って顔を見合わせ口ごもる。そのとき彼らの一人の肩に、瀬名さんがポンと片手を載せた。
「ああ、君たちの気持ちはわかります。営業企画部単独で受賞したかったんですよね」
笑顔で頷(うなず)く瀬名さんに、救いを求めるように三人が訴えた。
「瀬名さん……そうなんですよ! 俺たちにだってプライドがあって」
「それじゃあ、君たちのアイデアを聞かせてくれませんか?」
「えっ……」
きょとんとする彼らに瀬名さんが言葉を続ける。
「飛び道具を使って結構ですよ。どんどん企画を出してください。それで、君たちにはどんなアイデアがあるんですか?」
「そ、それは……」
ニコニコしながら質問を浴びせられ、三人が俯(うつむ)いていく。そのとき。
「あっ、社長と瀬名さん」
会釈しながら近づいて行ったのは営業企画部の部長だ。
「ああ、部長。今回の合同企画は本当に素晴らしかったです。いい若手が育っていますね」
瀬名さんの言葉に部長が相(そう)好(ごう)を崩す。
「そうなんですよ。桑田は発想に柔軟性があるし行動力もある。うちの部署にぴったりの人材です。おい桑田、副社長からお褒めの言葉をいただいたぞ!」
こちらを振り向いた部長に大きな声で名を呼ばれ、桑田くんが頬を紅潮させながら「はい、ありがとうございます!」と頭を下げた。瀬名さんも桑田くんを振り返ってから部長に視線を戻す。
「部長もご存知のとおり、我が社は自(じ)由(ゆう)闊(かっ)達(たつ)な社風です。これからも常識にとらわれることなく、部署を横断しての新しい企画をどんどん進めていただきたいと思います」
瀬名さんが営業企画部の三人に微笑みかけた。
「営業企画部は会社の要(かなめ)で大事な部署です。どうかこれからも自由な発想で仕事に励んでください」
最後に丁寧に頭を下げられると、彼らも首をすくめてペコペコとお辞儀しながら逃げるようにその場を離れていった。
あとには安堵の空気が漂(ただよ)って、トップ二人への感嘆の声が洩(も)れる。あっけにとられていた私たちの元に加賀美社長と瀬名さんがやって来た。慌てて腰を浮かせた私たちを二人が「そのままで」と手で制す。
「受賞おめでとう。本当にいい企画だった」と社長が告げれば、それに続いて瀬名さんが「各部署との調整も大変だったと思います。よく頑張りましたね」と私に向かって労いの言葉をくれた。そのまま彼らは颯(さっ)爽(そう)と去っていく。
――凄い、見事な対応だ。
あそこであの三人を叱りつけることは簡単だ。しかしそれでは観衆の前で大恥をかかせることになる。羞(しゅう)恥(ち)は反感に変わり、怒りの矛先は私たちへと向かうだろう。そうならないようにと考えてのあの会話だったのに違いない。三人のプライドを直接的には傷つけず、しかしやんわりと釘を刺していた。
まるで打ち合わせしたかのように連携の取れたやり取り。あれは幼馴染で付き合いが長い二人だからこその阿(あ)吽(うん)の呼吸、信頼関係の賜(たま)物(もの)なのだろう。
「――白崎さん、私、この会社に入ってよかったです。白黒王子のツートップ、最高ですね」
「うん、私もそう思う」
日下さんの言葉に私も深く頷いてみせる。そのとき、エレベーターへと向かう瀬名さんが一瞬だけこちらを振り向いた。ふっと細めた瞳と目が合って、私は慌てて会釈する。その場にいた社員たちの尊敬と羨望の眼差しを受けながら、彼らはエレベーターに乗り込んでいった。
少し不快な出来事はあったものの、最後は社長たちのおかげで明るい気分でパーティーを終えることができたのだった。
私が住む世(せ)田(た)谷(がや)区三(さん)軒(げん)茶(ぢゃ)屋(や)のアパートは、二階建てのコーポ型。築四十年と古いもののリフォーム済みでモニターホン付き、しかも駅から徒歩七分というのが気に入っている。その二階にある1Kの部屋に帰ってすぐにスマホを見ると、恋人の古(ふる)河(かわ)誠(まこと)からメッセージが届いていた。
【同じチームの仲間と二次会に来ている。長引きそうだから今日はそっちに行けない】
同期で恋人の誠との交際は二年になる。新人研修で一緒になり、長らく気の合う友達関係を続けたのちに、告白されて付き合いだした。私にとって人生初の恋人だ。彼は元バレーボール部の体育会系で大らかな性格。今はお互いのアパートを行き来する半同棲状態になっている。
二人とも同じマーケティング部でチームリーダー同士。社内恋愛は禁止されていないものの仕事がしづらくなると考え、周囲には交際を内緒にしている。しかしそろそろ公表して結婚を……という話も二人のあいだで出ているところだ。
【わかった、明日の映画は大丈夫? 飲みすぎないようにね】
明日の土曜日は一緒に映画を観に行くことになっている。確認のメッセージを送ったものの、結局その後は誠からの返事がなく、明日電話で起こしてあげようなどと考えつつ眠りについた。
しかし翌日の朝になっても誠から連絡は来ていない。
――やっぱり飲みすぎたんだろうな。
彼はお酒に強くないし、二日酔いでダウンしているに違いない。上映時間までには余裕があるものの、念のため電話をかけてみることにした。彼の名前をタップして三コール目で、応答した気配がする。
「あっ、誠?」
『誠さんならまだ寝ていますよ』
――あれっ?
予想と違って聞こえてきたのは女性の声だ。しかも何だか聞き覚えがあるような……。
「あの、私は古河さんの同僚なのですが……彼に代わっていただけますか?」
『だから彼はまだ寝てるって言ってるじゃないですか。私のベッドでぐっすりです。明け方まで激しかったから、きっと疲れてるんですよ』
「それって、どういう……」
スマホの受話口からクスッと息が洩れる音がする。
『ここまで言ってもわからないんですか? 野暮なことを聞かないでくださいよ、白崎さん』
最後に私の名前を告げられて、ようやくこの声と自分の記憶が重なった。舌っ足らずで語尾を伸ばす喋り方、まるでアニメの声優みたいな……。
「元井さん!?」
『は~い、元井です。【白崎菜々子】って表示されてまさかと思いましたが、彼が言ってた「彼女」って白崎さんのことだったんですね。意外すぎてビックリです』
やけに楽しげに語ってみせた。
どうして元井さんが誠といるのかわからない。いや、なんとなく想像はつきながらも、信じたくないと脳が否定をし続けている。
昨夜のパーティーのあと、誠は自分のチームメンバーたちと二次会に繰り出していた。元井さんは誠のチームのサポートに入っている。つまり酔った二人が一緒に元井さんのアパートに行って……。
背中をゾクッと悪寒が這(は)って、嫌な予感が脳裏をよぎる。けれどそんなのありえない、元井さんは瀬名さん狙いのはずで、誠には私という恋人がいるのだから。
――そうだ、まずは誠と話をしなきゃ。
元井さんの話だけでは判断できない。まずは誠の言い分を聞くべきだと、自分をどうにか落ち着かせる。
「元井さん、古河さんと代わってもらえないかな」
『はーい』
悪びれもせず軽い口調で言ったあと、『誠さん、起きてください。電話が鳴ってますよ~』と甘ったるく呼びかけている。ガサゴソと衣(きぬ)擦(ず)れの音がしてから『もしもし』と誠の声が聞こえてきた。
「誠? ねえ、どういうこと? どうして元井さんがいるの?」
『えっ、菜々子!? えっ、あ……ごめん、俺……』
聞き慣れた寝ぼけ声がすぐに焦った声に変わる。気まずそうに謝られたその瞬間に、彼の裏切りが確定した。動揺しつつも私は言葉を振り絞る。
「……とりあえず話をしようよ。何時なら出られる?」
震える声で問いかけると、電話の向こうで相談するやり取りが聞こえてくる。
『わかったよ。昼過ぎにいつものカフェで』
電話を切るとすぐさまクローゼットを開いて洋服を選ぶ。いつも以上に念入りに化粧を施しながら妙に冷静に考えている自分がいた。
――酔ったうえでの過ちにしても、同じチームの子に手を出すなんて浅はかすぎる。
私は誠と別れるだろう。たった一度であろうが酔ってようが、浮気したことには変わりない。潔癖を気取るわけではないけれど、どれだけ謝られようが私はこの事実を忘れられないし、彼を許せないと思う。
「うん、やっぱり無理だ」
それでも結婚まで考えていた恋人だ。最後はちゃんと話をしていい同僚に戻れたら……などと考えてアパートを出たのだが……。
結果から言うと、話し合いは最悪だった。
馴染みのカフェのテーブル席。二人が腕を組んで入って来たかと思うと、席についた元井さんがいきなり頭を下げた。
「白崎さん、ごめんなさい! ぜんぶ私が悪いんです! 憧れだった古河さんに介抱してもらえて嬉しくて、気持ちを抑えることができなくて……」
彼女が涙声で語った内容は、私の予想そのままだった。二次会で酔った元井さんを誠がアパートまで送り届け、そのまま結ばれたというわけだ。
「彼女がいてもいいからって私が言ったんです! 誠さんを責めないでください」
「いや、愛ちゃんは悪くないよ! 俺が君を好きになってしまったから!」
そこからはベタなメロドラマみたいな展開で。
「元々自分は素直で可愛げのある彼女が欲しかった」、「おまえが目立つたびに俺は惨めになる」
初めて聞かされる発言に唖(あ)然(ぜん)とするしかない。
「菜々子にはわからないと思うけど、男は癒されたい生き物なんだ。おまえが三十歳までには結婚したいって言ってたから、なんとなくそれでもいいかと思ってたけどさ……理想の子に出会ってしまったんだから、しょうがないだろう?」
浮気じゃない、本気なんだと私に告げる誠の隣で元井さんは満足げだ。私の視線に気づくと勝ち誇ったように口角を上げた。そのくせ今度は声を震わせながら、「どうか誠さんを私にください! 私たち、愛し合っているんです!」と切なげに訴えてみせる。今すぐ女優になれるんじゃないだろうか。
「ねえ、元井さんって瀬名さん狙いじゃなかったの?」
――あっ、マズかったかも。
思わず口をついて出た言葉に元井さんの眉毛がピクリと動く。
「はぁ? 何言ってるんですか。私が誠さんと付き合うことになったからって言いがかりですか? ひどいです~!」
彼女が救いを求めるように、濡れた大きな瞳で誠を見つめた。
「菜々子、いい加減にしろよ。そんなふうに相手を追い詰めるからサイボーグとかマネキンとかって陰口を言われるんだ。もっと可愛げを身につける努力をしたほうがいい」
それがトドメになった。これ以上の話し合いは無理だ。私が何を言おうが彼の耳には届かない。
「……わかった。アパートの鍵を返してくれる? 私も返すから」
私は黙ってバッグを漁り、キーケースから彼のアパートの鍵を取り外す。それを千円札一枚と一緒にテーブルに置いた。誠から鍵を受け取るとバッグの中に放り込む。
「私、もう出るね。二人でどうぞごゆっくり」
目の前で「愛ちゃん」、「誠さん!」と手を握り合う二人に反論する気さえ失った私は、一人で席を立ったのだった。
無言でそのままカフェを出ると、店のガラス越しに肩を寄せ合う二人の姿が見えた。
――泣きたいのは私のほうだ。
頬がヒクつき瞼(まぶた)の裏がジワリと熱くなる。けれど二人の前では泣きたくない。あんなふうに悲劇のヒロインぶって悦に入るなんてまっぴらだ。きゅっと唇を噛み締めると目的地も決めずに歩きだす。
「……そうか、タイプどんぴしゃが現れたわけか」
元々誠がアイドルみたいに目がくりっとした可愛い系が好みのタイプだということは知っていた。そんな彼女に迫られて、一気に燃え上がってしまったのだろう。
――私、馬鹿みたいだ。
一生懸命に服を選んだって、念入りに化粧をしたって意味などなかった。白いブラウスに黒いタイトスカートとベージュのトレンチコート。首に巻いてきたスカーフは誠が出張の際に買ってきてくれたブランドものだ。けれど誠はあの子が着ていたふわりとした花柄のワンピースのほうが好みなのだろう。そしてそんな服装がよく似合う、甘く香るような彼女のことが好きなのだ。
「あ~あ、濃い化粧は怖くなるだけだってわかってたのに」
あの場に臨戦態勢で挑んだ時点で間違っていた。彼が求めていたのは理路整然と語る強い女などではなく、アイドルみたいに可愛くて守ってあげたくなるような子だったのに。
――私が振る以前の問題だったんだな……。
たしかに私は可愛げがなかったと思う。私たちの交際がいつか会社でバレたとき、恋愛にうつつを抜かしていると思われたくなかった。だから仕事中は誠に対しても忖(そん)度(たく)なく意見をぶつけていたし、二人でいるときに恋人らしくできていればそれでいいと考えていたのだ。けれど誠にはそれが不満だったのだろう。
――私が先にチームリーダーにならなければよかったのかな。今回も社長賞を獲らなければ……。
それは無理だ、私は仕事が好きだし、彼を立てるために手を抜くようなことはしたくない。
――私が仕事を辞めると言っていたら……。
そんな理由で退職すれば、私は後悔しただろう。
「ふっ……こういうところか」
ようは私が彼の理想の結婚相手になれなかった、それに尽きる。
「おまえにはわからないって……わかってるよ」
考え事をしながらスタスタと足を進めていたら、すぐそこに映画館が見えた。
――あっ、ここは……。
本来なら今日は二人でこの映画館に来る予定だった。会社から少し離れたこの街は私たちのお約束のデートコースで、自然あふれる公園や美術館によく通ったものだ。そしてさっきのカフェやこの映画館にも何度も来たことがあって……。
映画のチケットはオンラインで購入済みだった。スマホで時間を確認すると、上映時間まで残り十五分だ。
――アパートに帰るよりは気分転換になるかもしれないな。
どうせ今日の予定は無くなってしまった。このまま帰っても一人で鬱々とするだけだし、お金だってもったいない。どうしようかと迷ったけれど、結局入り口の自動ドアへと足を向ける。中に入ろうとしたところで突然背後から「白崎さん?」と声をかけられた。
「はい?」
振り向くと、そこにいたのは瀬名さんだ。
――えっ!
「ど、どうしてここに!?」
「知人のお見舞いで近くの病院に。このあと予定もないし映画を見ようと思ったのですが……君もこれから?」
瀬名さんが軽く首を傾(かし)げて柔らかく微笑んでみせると、ダークブラウンのミディアムヘアがさらりと揺れた。白いVネックシャツに、ネイビーのテーラードジャケットとパンツのセットアップ。爽やかな彼にはぴったりだ。ネクタイがないせいか、いつもより一層若々しく見える。
――圧倒的清涼感!
私服姿を見たのは初めてだけど、何を着ても格好いい。ぼんやりと見惚れていたら、「白崎さんは一人ですか? 何を観るか決まっているの?」と正面から顔を覗き込まれた。
「えっ? あっ、はい。もうすぐ上映時間なんですけど……」
恋愛小説が原作の実写映画のタイトルを告げると、なんと瀬名さんも同じ映画を観ようとしていたらしい。今からチケットを購入するのだという。
――だったら……。
「あの、よかったら一緒にどうですか? チケットが一人分余ってるんです」
「えっ!?」
――あっ、駄目だ!
目を大きく見開いて驚(きょう)愕(がく)の表情を浮かべるのを見て思い出した。彼は女性嫌いなんだった。
「ごめんなさい、べつに無理にとは……」
「いいんですか? 嬉しいです、ありがとう!」
――あれっ?
私の予想に反して被せ気味にオーケーされた。おまけにご褒美をもらった子供みたいに満面の笑みを浮かべている。女性と二人で映画を観るのは許容範囲なのだろうか。
この続きは「君を落としてみせるから 草食上司の瀬名さんがじつは肉食だった件」でお楽しみください♪