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政敵の宰相と関係を持ってしまったので全力で忘れたいんですよね

紀ノこっぱ / 著
NOUL / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2024/08/30

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内容紹介

誓うよ、俺の最愛の番
「俺に比肩するのは世界にただお前だけ」巧みな手腕で宰相の座につく侯爵家のヴァセンと肩を並べ、対立派閥の大臣として議論を繰り広げるユマーラ。ある満月の夜、二人の額に対になる番紋が現れ、情欲のまま激しく抱き合ってしまう。番相手との交わりがこれほど甘美だなんて。しかし、なぜよりにもよって政敵と…? 本能に従って手を取れるはずもないのに。理性とプライドで必死に抗うユマーラだけれど、ユマーラの立場ごと優しく受け止めてくれるヴァセンに、本能以外でも惹かれることを止められなくて……。「誓うよ、俺の最愛の人」運命に導かれる番、心震わすドラマチックラブ。《第4回ジュリアンパブリッシング恋愛小説大賞銀賞受賞作》

立ち読み

プロローグ
 これが、番(つがい)相手との口づけなのか──
 甘美の一言に尽きた。
 その舌でなぞりあうたび、頭の芯にじゃばじゃばと金に輝く蜜酒が注がれ、痺(しび)れる。
 繋がった下半身から水音がすれば、腰が砕けそうなほどの快楽が広がり、ユマーラは必死で相手にしがみついた。
 ユマーラにふるいついている男──宰相ヴァセンは、銀糸を引きながら口を離し、ユマーラを見下ろしてきた。
 瞳からは喜んでいることしか伝わってこない。
 思慮分別を失っているヴァセンは、汗で濡れた飴色の髪を額に貼りつけ、ユマーラに腰を打ちつけ続けている。
 獣のような動きに反して、非常に美しい男だ。流れる汗が頬をつたっていく姿にはえも言われぬ色気がある。
 王宮の、人通りある廊下に面した倉庫部屋だというのに。
 我慢がきかず二人して互いの体を繋ぐ肉欲に溺れている。
「ふぁ……ん、いい……ぁ」
「気持ちよさそうな声……しかし、俺も……気持ちいいっ。ここ、このざらつき、あたると特にいいんだけど、お前は……どう?」
「ひぁあん、あッ、あッ……」
「どうだ」
「わ、わからな……はぁ……」
「嘘つくな。感じているはずだ。ココ、擦るとどんどん締めてくるくせに」
 ニッと口角を上げるヴァセン、それは常なら苛立ちを煽(あお)って仕方ない仕草だったのに、今のユマーラにはとても魅力的に映ってしまった。
 もっと彼を食い入れたくて腰に脚を絡めれば、強く抱きしめられて引き起こされる。頭を振ればユマーラの長い銀髪が朝霧(あさぎり)のように広がる。
 繋がったままの座位への移行。
 互いに正面を向きあう形でユマーラはヴァセンの中央にまたがった。
 腰を持ち上げていた手が下へ押しつける動作に変わるから従えば、ユマーラの深部にヴァセンの熱杭が刺さり、頭に星が散ったと思わせるほどの快感が訪れる。
 嬌声を漏らし、ユマーラは今一度、と背中をゾクゾクさせる快(よ)さに耐えつつ腰を上げた。ヴァセンのものを引き抜いて、抜けきる寸前で腰を落とす。
「──っあ」
 最奥に熱杭がぶつかって、甘く癖になる悦楽がユマーラに走った。
 ヴァセンがそのまま下から小刻みに突き上げて秘肉をこねるから、響く気持ちよさを追いユマーラは腰を動かす、止まれない。
 ヴァセンに組み敷かれはじまった行為だというのに、これではユマーラからも求めている、もうヴァセンを罪に問うことができない。
 ふと合わせた額では二人、同じ紋様が青白く輝いていた。
 満月の夜に発現する番紋である。
 これは二人が番であるという証明に他ならない。
 そして激しく求めあわずにいられないほど思考を沸騰(ふっとう)させる元凶。
 ユマーラはヴァセンとのキスで舌を擦りあい、下半身でも分泌物を潤滑剤にした摩(ま)擦(さつ)を続け快楽を味わう。
(愉(たの)しい…………きもちいい……愉しい。ああ、困る……この男は、一番の敵だというのに)
「ユマーラ……」
「ヴァセンっ」
「……ユマーラ、お前がこんなに可愛らしかったなんて、考えたこともなかった」
 熱く愛しあう恋人にしか見えない二人だが、それは急に発現した番紋のせい。

 本来の二人は、異なる方針で政(まつりごと)において対立する、政敵である。

第一章 満月に浮かされて
「手ぬるいのでは」
 腕組みした肘先に伸ばしている髪があたる。
 嫣然(えんぜん)と口の端を上げたユマーラは、席から立ち、居並ぶ政府高官たちに説く。
「他国に総合魔導機の生産現場をつくるところまでは認めましょう。我が国の生産分だけでは需要に応えることが厳しくなってきました。後進国の発展を支えた国際友好、大いに結構、しかしです、一から十まで向こうで生産できるようにしてどうします。それは駄目でしょう」
「……オルヴォッキ大臣。俺の取りまとめた融和方針に異議か」
 ユマーラをオルヴォッキ大臣と呼んだ宰相が、ユマーラをにらむ。
 自分の提言に水を差されて機嫌を損なったらしい。
 ヴァセン・ジャ・サーテンカーリ。このリュヒテュ国の大臣を取りまとめる宰相である。
 まだ二十代の半ばだというのに彼がこの重職に就いているのは、世襲だからだ。
 少なくともユマーラはそう思っている。
 ヴァセンの、真ん中で分かれ、ゆるくはねた前髪の合間から、少し吊り上がって頑固そうな目がのぞく。
 腹立つことにその造形は鮮麗で羨ましくもある。政治家は顔が命とはよく言ったもの。
 彼の地位はこの顔の力も込みだろう、ユマーラはヴァセンの政治手腕を認めていない。
 それにヴァセンときたら、二言目には他国との融和、融和、親交だと、売国奴だとしか考えられぬ政治を日々推し進めており、全くもって信用ならない。
 他の大臣と協調し、止めなければ国はどうなっていただろうか。
「サーテンカーリ宰相、供給の好機を逃さず生産体制を他国に増やすところまでなら賛同しましょう。ですが核心技術は我が国だけのもの、他国には外装だけつくらせていればいい。絶対に基幹部分の生産を許してはなりません!」
「そんなことをすれば真の友好など育たぬぞ。下働きしかさせないのかと向こうの国民の、国家の不満を受けることになる」
「真の友好? 分かたれた兄弟国同士を除き国家間でそんなものが育まれますか。少年くさい夢はおよしになって。核心技術を国家機密に指定し、徹底管理の上で流さない。それこそが国益、未来の国民にしてやれることです」
 そうだそうだとユマーラ側の大臣たちが援護射撃をくれ、ユマーラの隣に座っていた財務を司る大臣が後押ししてくれる。
「向こうの国はまだ国民の職が増えさえすれば満足できる段階だ、オルヴォッキ大臣を支持する」
 宰相の反論前に拍手が湧き、ユマーラ側にボールが渡った状態で議会はお開きになった。
 銀髪をかき上げて見れば、ヴァセンは宰相席で拳(こぶし)を固く握り、ユマーラを睨(ね)めつけている。
 闘志の炎が消えない瞳は敵ながら天晴(あっぱれ)ではあるが。
 ユマーラはふっと鼻から息をぬいて、視線をさらりと受け流した。
 宰相の派閥はまだ動かず残るらしい。
 彼らに先んじて去ることにし、議会場の扉をくぐった。

「ユマーラさん」
「アレクシ殿」
 回廊に出ていくらか歩いたところで話しかけてきたのは財務大臣、アレクシ・スーリ。
 ユマーラの六つ上で鞄持ち時代からの兄貴分である。
 女だてらに王宮の中枢に飛び込んだユマーラを、先輩として何かと気にかけてくれ、ユマーラも彼を尊敬している。
 ダークブロンドにコーヒー色の瞳を持ったアレクシはクレバーな大人の男性だ。
 派閥の大臣の中でもアレクシとはくだけた仲で、議会の外では名で呼びあってきた。
 この関係は居心地よく、ユマーラは気安くアレクシに言葉を返す。
「先ほどは詰めをありがとうございました。さすがの援護でサーテンカーリ宰相は押し黙りましたね」
 一幕の最後を思い出し喉を震わすユマーラに、アレクシは優しげな笑みを浮かべる。
「ユマーラさんがサーテンカーリ宰相にズバッと切り込んでくれたからね、乗っかるだけでよかったからこちらは楽なものさ」
「これでひとまず総合魔導機の国外生産移転については枷(かせ)をはめられますね」
「ああ、宰相は本当は歯噛みしたいくらいだったろうね。しかし気は抜けない、来週はまた別件が入っているから」
「次も、宰相をやりこめましょう。アレクシ殿が踏みこむ時は私が援護に回りますので」
「さすが、稀(き)代(たい)の女政治家だけあるね。期待しているよ」
「はいっ」
 議会の進みといい、アレクシと会話できることといい、幸先がいい。
 現在の地位に昇ってくるまで、色恋沙汰の面倒に巻き込まれることも多々あった。
 男ばかりの世界で接する数少ない女だから、というのもあるが、ユマーラの容姿はいくらか他者を惹きつけたので。
 いざこざにうんざりするうち、ユマーラから恋愛感情というものはずいぶん欠落してしまった。
 結婚し子どもを産む相手、つまり伴侶と共に生きる。――ピンとこない。
 ユマーラは文化教育と科学技術の振興を司る大臣職に生きがいを持っている。
 このまま未婚を通し我が子を持つことがなくても、国民全てに心を砕き、良い未来に繋ぐことができたら十分人生の価値を得られる。
 そう、わきまえていても、アレクシといるとわずかに心がはずんだ。
 別にアレクシに異性の関係を求めているわけではない。
 たぶん、これは女学生が役者に抱く憧れに近いもの。政界(この世界)の住人になる前のユマーラの残(ざん)滓(し)だ。
「ユマーラさん、襟に糸屑(いとくず)が」
「え」
 距離を詰めたアレクシの指先がサッと襟に伸び、首元を少しかすめる。
「んっ」
「!?」
「し、失礼しました。くすぐったくて」
「……いや、僕こそすまなかった」
 取った糸屑を払うアレクシの指は長く、爪の先まで端正だ。
 くすり、と空気を震わせてアレクシが真っ直ぐユマーラを見ている。
「議会での勇ましさからは想像つかないくらい、愛らしいね」
「っ!! あ、アレクシ殿!?」
「ああ、ついついそう思ってそのまま口にしてしまった。政治家失格だな」
 まったくこの人は時折こういう冗談めかしたことを言ってくるから。
 悪い気分ではないので微(ほほ)笑(え)み返していれば、後ろから続く人影が二つ。
 対立する派閥の大臣の一人と、そのまとめ役の宰相である。
 彼ら、特にヴァセンはユマーラの宿敵だ。
 ユマーラが大臣に上がると同時に宰相に任ぜられたヴァセン。彼とは議会で自陣営の利のため、あるいは他国との関わり方の方針で幾度もぶつかってきた。
 先々月には大規模な事業の民営化の件で、ユマーラの陣営は彼が鮮やかにおこなった弁論に反対意見を立てられず、惨敗したのだ。
(思い出したら今でも腸(はらわた)が煮え繰り返りそう。あれがあったからこそ、今日は徹底的に準備して議会にあたったわけだけど)
 緑がかった端からチョコレートブラウンの中心まで、美しいグラデーションを持つ宰相の瞳が、ユマーラを映してから、ぎゅっと細められた。
「オルヴォッキ大臣にスーリ大臣、我が国の王宮の回廊は狭めにできている。無用に立ち止まり塞ぐのはやめてもらいたいな」
 背後からヴァセンがべっとりと嫌味を塗りつけてきた。
 呼応して彼の横の、国家の自然環境を司るロンパッコ大臣が囃(はや)したてる。
「スーリ大臣はオルヴォッキ大臣に肩入れが激しいと思えば、議会外でも親密ですな。いやはや、支援をこのように取りつけているとは、これだから」
「これだから、とはなんですか」
 ユマーラはロンパッコの肥満して、たるんだ肉に囲われた目をきつくにらむ。
 心の中で鳴ったゴングを彼は知る由もない。粘着性のある声音で語りかけてくる。
「いや、オルヴォッキ大臣は使える手管が一つ多くてよろしいですな。……この蒼昊(そうこう)の回廊を闊(かっ)歩(ぽ)するまでに昇ってきたのですから。女風(ふ)情(ぜい)で」
 これはロンパッコが自らを撃ち抜く銃の撃鉄を起こしたようなものだった。
 心と裏腹に歯を見せる笑みを浮かべたユマーラは、飛びつきたいぐらいの怒りを半歩引くことで抑える。
(感情的になったらますますこれだから女は、とつけあがられる。平静に。冷めた心で論破する)
「女風情と言いました? その差別的な観念はどうかと思います。ロンパッコ大臣は女性の躍進を担う事業も推進されていたと記憶しますが?」
「ええ、女性が社会で活躍できるようプロジェクトを立てておりますよ。支援がなければ能力に劣る女の身では社会に出てくることもできませんから」
 なんなのだこの大臣は、聞いている女性がユマーラだけだからユマーラを貶(おとし)めつつこうもポンポン失言しているのだろうか。
 呆れすぎて、抑えつけていた怒りが頂点からどっと下がった。
 感情の制御から解放された余力を、意見する言葉を練るのにまわす。
「ロンパッコ大臣、『能力に劣る女』との言が特に聞き捨てなりません。訂正を願います。たとえば私がこれから社会に出ることを志す女性だとして、あなたのような女性を蔑(べっ)視(し)している方の手を借りるなんて、お断りです」
 この切り返しを予想していなかったのか、ロンパッコ大臣はみるみる血をのぼらせ上等な服を着たパプリカっぽい物体になった。
 プツプツ唾を飛ばして、ユマーラに「けしからん物言い!」とかなんとか音を出している。
「ねえ、ロンパッコ大臣。私をご覧になって……あなたのおっしゃるようにここまで登り詰めました。この身には国民の信任が満ちている。あなたのような考えの方の手を借りず、あなたより先に任に就きましたわ。私が『能力に劣る女』だとしたら、後から並びに加わったあなたは『能力に劣る女』に『後れをとった男』」
 ここまで言えばロンパッコはいよいよ激昂するしかないはずだが、ユマーラは言葉の締めに、髪をかき上げ艶(えん)美(び)に微笑んだ。
 チロリと舌が垣間見えるよう口を開ける笑みを形作れば、異性を色香で怯(ひる)ませることができると知っている。
 男の集団というものは女が入るのを嫌う。
 女が感情を御すのを困難とするように、彼らは女に感じることを御すのが困難だからだ。
 女を匂わせるものに欲望をくすぐられ乱されるのが実は苦手なのだ。
 ユマーラは普段女性的な雰囲気を消して彼らの集団に同化し過ごしているが、恰好の武器を捨てた覚えはない。
 男が暴力や腕力を仄(ほの)めかし気圧(けお)すのに対し、艶めかしさをのぞかせて意気を挫(くじ)くのが女の精華。
 それを秘め、ここぞという時に取り出すバランス感覚にユマーラは長けていた。
 目論見は決まり、ロンパッコやヴァセンは虚をつかれたように継ぐ言葉を失っている。
「お、オルヴォッキ大臣、このあたりで矛を納めては」
 いち早く我に返ったアレクシがユマーラの肩に手を置く。
 もちろん、ここで終わりにする気でいる。
 クスクス息を漏らせば、ヴァセンの警戒心に満ちた視線を感じた。
「……貴銀の薔薇にして、女豹(めひょう)」
「あら、我が家系に流れる性(さが)に何か文句がおあり? サーテンカーリ宰相の家系はクーガーでしたわね、己の家系の方が同系で優位だとの順列誇示ですか」
「まさか、オルヴォッキ大臣の二つ名をふいに思い出しまして。美しさとしなやかさがよく表されていますね」
(サーテンカーリ宰相、この狸(たぬき)。あなたこそ、その中身ではクーガーの血を滾(たぎ)らせているくせに)
 リュヒテュ国のある大陸に住まう『人間』は、皆なんらかの獣人を祖に持ち、尾や獣耳を失った今でも薄くだが由来する獣性を抱えている。
 この場にいる者ならユマーラのオルヴォッキ伯爵家は豹の。サーテンカーリ侯爵家は大型猫科クーガーの。アレクシはガゼル、ロンパッコは……カバだったか。
「豹の気性は我がオルヴォッキの誇り、世間からの呼称は気に入っております」
 しばし、ヴァセンと視線で鍔(つば)迫(ぜ)り合いする。ユマーラからは譲りたくなかったのに、吹く風が回廊外の木と銀髪を揺らしていったので視線が逸(そ)れてしまった。
 しかしヴァセンも何かに気を取られたようだった、微(かす)かに息をのむのが聞こえたし、視線は二人ほぼ同時に解いたのだ。
「……我らは無駄にする時間のない身、市井の主婦じみた井戸端会議はこのあたりにしておきましょう。では失礼」
 視線を下げるだけの会釈でヴァセンはロンパッコを供に去っていった。
「ユマーラさん、火花を散らしていたね。少し、心配した」
「面倒な場面に付き合わせてしまい、すみませんでした」
「……まあ、おかげで得難いものが見物できた、平気だよ。ところでユマーラさん……」
「ええ、怪しいですね。サーテンカーリ宰相の執務室は真反対、議会場の反対出口から出るはずなのにこちらに来るなんて」
 高官の利用する主要な施設のほとんどは、議会場を挟んでユマーラの執務室のある棟とは反対側にある。通常ならこちら側は無用の場所であるはずだ。
 しかし彼らはそれぞれの執務室に帰ろうとするユマーラたちの後ろから来て、追い越していった。
「少し、探りを入れましょうか」
 得意げにユマーラは唇をゆがませる。
 女豹の本領発揮だ。


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