書籍詳細
犬に噛まれたと思って忘れますからお構いなく ~顔が好みすぎる騎士様に思いのほか溺愛された件~
定価 | 1,320円(税込) |
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発売日 | 2024/08/30 |
電子配信書店
内容紹介
立ち読み
1・勘違いは致命的
王都の西、ルギエンナ通りを一本入った下町を、ガラガラと台車の騒がしい音が通っていく。空の台車は特にうるさいのだが、それを押すニーナはいつものことと気にした様子もない。
長い金の髪を頭頂部でひとくくりにしたニーナは、特徴的な赤い瞳を眠そうに擦(こす)りながら歩いていたが、前方から歩いてくる人物を見つけてパッと目を輝かせた。
老齢に見えるその人物は歩行に不安があるのか、ゆっくりと足を運んでいる。
その手には散歩用のリードが握られていた。
「オーバリーさん、ダヴィデ!」
片手を高く上げて勢い良く振ると、ニーナに気付いたオーバリーが立ち止まり、その横を歩いていた黒い大型犬も足を止めた。
「やあ、ニーナおはよう。朝から元気だねぇ」
「おはようございます! 元気だけが取り柄だから。ダヴィデもおはよう! 朝の散歩、嬉しいねえ!」
「ワン!」
オーバリーに会釈をした後、腰をかがめて大型犬――ダヴィデに挨拶をすると、利口なダヴィデは一鳴きして尻尾を左右に振る。
人懐っこいダヴィデは、ニーナに特に馴(な)れていた。時々散歩を代行するためだろうが、ニーナはオーバリーの次にダヴィデに好かれている自信があった。
「こいつはニーナが好きなんだよ。また、遊んでやってくれないかね」
老齢で足腰が弱って長時間散歩ができないオーバリーは、大型犬のダヴィデが運動不足になることを気にしている。
それを知ったニーナは渡りに船とばかりにダヴィデを散歩に連れ出しているのだ。
「もちろんです! こちらからお願いしたいくらいだわ。ダヴィデとデートするのはわたしにとってご褒美みたいなものだもの!」
そう言ってダヴィデに抱きつくと、ダヴィデも嬉しそうに尻尾を振る。
「それはありがたいけれど、ニーナだって年頃のお嬢さんなんだから彼氏とデートしたり忙しいだろう?」
気を使うオーバリーにニーナはあっけらかんと笑う。
「あはは! ダヴィデや養(と)父(う)さん以上の男がいれば、喜んでデートするけど」
じゃあまた、と手を上げてオーバリーとダヴィデと別れたニーナは、台車を押して仕事先へ向かう。ダヴィデと会えたことで眠気が吹き飛び、やる気が漲(みなぎ)っていた。
ニーナは犬が好きだ。そのなかでも特にダヴィデが大好きである。
漆黒の鍛え上げられた身体、鋭くも優しさを宿した瞳、感情を逐一教えてくれる可愛らしい尻尾。
捨て子だった自分を育ててもらったという遠慮があるため、ニーナは犬を飼いたいと養父母にお願いすることができず大人になった。
大好きな犬を飼うことを我慢したニーナが近所で飼われているダヴィデに可能な限り声を掛け愛情を示した結果、『こいつはいい奴』と認知されたらしく、懐いてくれている。
勇敢で格好良く、そして愛嬌がある。
ニーナはダヴィデにめろめろだが、犬を恋人にはできないのはわかっているし、いずれ人間の男と想い合うようになるのかもしれないと考えたこともある。
年頃らしくエッチなことにもそれなりに興味があるが、だからといってその辺の適当な男と肌を合わせる気にもならない。
年頃の娘として人間の男よりも犬が好きというのは、それはどうなのかと思わないでもないが、今のところ不都合がないため特に気にしていなかった。
「毎度~『白(しら)百(ゆ)合(り)洗濯舎』です~」
午前中の歓楽街は、けだるげな雰囲気で満ちている。
その中でも場末と言われる娼館が連なるルバ地区で、ニーナは声を張り上げる。
いつもなら元気な下働きの女の子や、時には愁いを帯びた娼婦、レアなときは女将(おかみ)が顔を出すというのに、今日は出てくる様子がない。
しかし奥の方で人の気配はする。
取り込み中かと踵(きびす)を返そうとしたニーナを、弱々しい声が引き留めた。
「ニーナ? ニーナなの?」
奥の方からヨタヨタと覚(おぼ)束(つか)ない足取りで顔見知りの娼婦アンジェリカがやってきた。しかし顔色が優れず、壁に手をついてやっと身体を支えている様子はただごとではない。
ニーナは手に持っていたシーツやタオルが入ったカゴを置くとアンジェリカを抱きとめる。
「どうしたの、なにがあったの?」
アンジェリカの部屋に連れて行きベッドに寝かせて話を聞くと、昨夜ある娼婦が馴染みの客からもらった差し入れをみんなで分けあって食べたところ、腹を下してしまったのだという。
アンジェリカもそのうちの一人で、ひどく難儀していると口(くち)許(もと)を押さえる。
「食中毒? 役所には?」
ひとところでこのような騒ぎが起きたときは役所に報告する義務がある。それは娼館でも同じである。
「ええ、それは女将さんがしているわ。店の中で調理したものではないということでうちに処罰はないのだけれど、人手が足りなくて」
「まさか、今日も営業するつもりなの?」
今日くらいは休むべきだろうと思ったニーナだったが、アンジェリカは力なく頷(うなず)く。
「この商売は信用が大事。せっかく来ていただいて営業してないとなれば、他に客が取られてしまう。もちろん重症の子は店には出さないけれど、それ以外の子はいくらでも稼がないと」
ニーナは眉を顰(ひそ)めて言葉を探す。
しかし気の利いた言葉が出て来なくて唇を引き結ぶ。
娼館で働いている娼婦は、大なり小なり訳ありだ。
表に出られない、なにかから逃げている、もしかしたら罪を犯しているかも……娼婦の過去を深く探るのはご法度だ。
とにかく娼婦たちは稼がなければ生きていけない。
「なるほど。ねえ、手が足りないってことは下働きのほうも?」
いつもなら顔を出す娘がいないということはそうなのだろう。アンジェリカは力なく頷く。彼女の弱り切った様子に、ニーナのお節介魂に火がついた。
ニーナはアンジェリカの肩まで毛布を引き上げると休んでいるように言う。
「女将とちょっと話してくるわ」
「け、喧嘩しては駄目だからね」
わかっていると片目を瞑(つむ)って合図をするが、それで彼女が安心したかは定かではない。
三階建ての娼館を二往復半してようやく娼館の女将を見つけると、手伝いをさせてほしいと直談判する。
「なんだいニーナ。あんたが客を取ってくれるのかい?」
忙しいはずなのに、女将は余裕たっぷりに煙管(きせる)をふかしてニーナを見た。その手元には『休業の補償について』と書かれた書類がある。
恐らく食中毒の原因となった客との折衝のためのものだろう。
「未通女(おぼこ)いあんたがどんな手練手管で男を篭(ろう)絡(らく)するのか見物だねぇ」
女将独特の人を食ったような軽口に、ニーナは眉間にしわを寄せた。
「違うわ。人手が足りないって聞いたから、掃除とかベッドのシーツ交換とか、タオルの回収とか、その辺の仕事よ」
わかっているくせにと目を細めると、女将は煙管の吸い口を咥(くわ)えたまま唇を歪(ゆが)める。
「給金は出ないよ」
「知ってるわ」
ニーナのお節介な性格を知っていて、且(か)つケチで有名な女将が給金を出すはずもないことは百も承知だ。
女将は即返答したニーナを見つめると、おもむろに顎をしゃくる。
「今日は一階のみ稼働するからね、上はいらないよ。カネのタライに入っているのは食中毒で汚れたやつ、木のタライのほうはいつもの洗濯物だよ」
「承知しました!」
腕まくりをしたニーナは駆け足で各部屋を回った。
なにしろ陽が落ちる頃には娼館の営業が始まるのだ。
一階だけといっても、回転重視で省スペース設計の娼館にはたくさんの部屋がある。
ニーナはとりあえず大きな台車を用意してその上段に洗いたてのシーツやタオルをセットし、下の段に使用済みのものを入れるカゴを置いた。
部屋の扉を全部開けて窓を開放する。
室内のなんとも言えない臭気と淀(よど)んだ空気を追い出すためだ。
シーツとタオルを交換すると箒(ほうき)とモップを借りて、ついでにササっと掃除もする。
特にシーツをセットするのが大変で、時間を食ってしまう。
「んもう……、意外と、……大変!」
慣れた自分のベッドならいざ知らず、二人用が基本の娼館のベッドは、ニーナの腕が倍の長さでも足りなくて苦戦してしまった。
一階の奥の、最後の部屋のシーツを取り換える頃にはもう娼館の営業が始まってしまっていた。
人の気配と話し声に焦りを感じながら、必死に手を動かす。
女将も考えてくれていたようで、支度の済んだ手前の部屋から客を通してくれている。
ニーナは額の汗を腕で拭うと唇を尖(とが)らせ大(おお)袈(げ)裟(さ)に息を吐いた。
「ふう、できた! ちょっと遅れたけど、まあ、いいでしょ! あぁ、疲れた」
ニーナはベッドの出来に満足して腰に手を当てると、支度のできた部屋を眺める。
閉め忘れた窓に手を伸ばそうとして、結わえた髪がひどく乱れていることに気付いた。
そんなことにも気付かないほど懸命に作業していたのだと思うと、自分のお人(ひと)好(よ)し気質に苦笑する。
困った人がいれば、ニーナは放っておくことができない。
ルバ地区はあまり治安がいいとは言えず、喧嘩や争いごとが少なくない。
特に女性が厄介ごとに巻き込まれていると、口を出さずにはいられないのだ。そのせいで突き飛ばされて怪我をしたり、なんらかの金銭を立て替えたりすることはままあった。
ときどきどうして自分がと思うこともあるが、それでも困っている人を見ると素通りできない。
これは厄介ごとだとわかったうえで捨て子である自分を拾って育ててくれた養父母の影響が大きい。
髪を振り乱したままでいるわけにもいかず、ニーナは落ちてきつつあった髪を解いた。
外から初夏の風が吹き込んできて、ニーナの金の髪をなぶっていくのが気持ちいい。
「……汗かいちゃった。お湯を使いたいな」
頭皮が汗で湿っていることに顔を顰(しか)めたニーナが、水浴びしたときのダヴィデのように頭を振ると、疲れまで吹き飛ぶように爽快になった。
「あー、いい仕事した!」
それによいことをした。ニーナの中に疲労と充足感が心地よく満ちた瞬間、急に背後から声がして、ニーナは飛び上がるほど驚いた。
「ふうん、今日はそういう趣向か……なかなかそそるな」
「えっ」
肩越しに後ろを見ると、そこには背の高い男がいた。
身綺麗で清潔そうな格好をしていて、独特な雰囲気を纏(まと)っている。
「あ、すみません! 今シーツを替えたところで……」
ニーナは振り乱した髪をまとめて、慌てて目を伏せた。
娼館では、娼婦でもない裏方の人間が客の顔をまじまじと見るのはご法度だ。
それくらいのことは、部外者のニーナでも知っている。
それにしてもあんなに部屋数があったのに、もう一番奥の部屋まで埋まってしまったのかと内心驚いていると、男がニーナの手首を掴(つか)んだ。
「初めて見る顔だな? もっとよく見せてくれ……うん、可愛いな……先輩から譲ってもらったのか? 今日のお前の職業は?」
「え、洗濯屋です……」
いや、今日もなにも、ニーナの仕事はいつも洗濯屋だ。
この男がなにか誤解していると察知したニーナは、誤解を解こうと営業スマイルを張り付けて微笑む。顔を見ないように視線は喉元に固定。
「あの、お客様……なにか勘違いされているようですが」
「それはお前のほうじゃないのか? 名前は? 何年目だ? もしかして初めてなのか? 初対面でこんなことを言うのはどうかと思うがこの仕事を辞める気はないか?」
矢継早にニーナを問い詰める男の迫力に営業スマイルのまま腕を振りほどこうとするがびくともしない。
ニーナは背中がひやりと冷たい風になぞられるような不安を覚えた。
「な、名前はニーナで、え、ええと、し、仕事を辞める気はないのですが……?」
顔を背けたまましどろもどろになっていると、男の声がふわりと温かみを孕(はら)む。
「ニーナ、本当に可愛いな。お前は大丈夫だったのか?」
「かわ、可愛い……?」
大きく目を見開いたニーナは、思ってもみないことを言われて動きを止めた。
「ああ、可愛い。珍しい瞳の色をしているな。紅玉のようで美しい。ニーナに似合っている」
ニーナの耳(みみ)朶(たぶ)を優しい低音が撫(な)でていった。
(あれ、この勘違い客、無駄に声がいい……)
そう思ったニーナがつい顔を上げると、思っていたのよりも三割増しくらいの美形と目が合った。
拙(まず)い、顔がとってもいい。
ニーナは頭の芯が痺(しび)れるような感覚を覚えた。
艶のある黒髪に榛(はしばみ)色の目をした、印象がひょろりと細長い男。しかし今にも触れてしまいそうな胸板はしっかりとした印象を覚える。
身綺麗さを鑑みると、ごろつきではない、平均以上の生活をしている男だと思われた。
ニーナは架空の教会の鐘が頭の中でうるさいほど鳴っているのを自覚した。
実はニーナは顔が整っている男が大好きだ。
恋愛的な意味ではなく観賞用としてだが、店に来る見目の良い男性客の容姿を目に焼き付けようと凝視するほどには好きだ。
(絶世の美男というわけじゃないのに……絶妙に綺麗ね)
恐らくどこかのパーツが少しでもずれていたらこうも目を引かなかっただろうという、失礼すぎて決して本人には言えないような評価を下したニーナは、うっかりまじまじと男の顔に見入ってしまった。
その顔がゆっくりと近付き目を細めたのもしっかりと見ていた。
「君さえよければ、俺が身請けしよう。君にはこんな場末の娼館ではなく、太陽の下が似合うと思うんだ」
男の綺麗な二重の幅を見つめていると、言葉など右から左へ流れていってしまう。まつ毛が長いなどと見(み)惚(と)れていると唇が触れた。
むちゅ、と表面だけ触れた口付けに驚いたニーナは、目を限界まで見開き身体を仰け反らせる。
「は、ふわぁ……っ?」
驚きの声を上げた唇が再び重ねられた。今度は深く、舌が侵入してきた。
無防備なニーナの舌に絡みつき、撫でるようにすり合わされる。
他人の舌が口(こう)腔(こう)内に入り込んだというのに、驚くほど忌避感がない。
それどころか、男のなんとも言えない香りがニーナを陶酔させた。
(なにかしら……っ、完全に水分が抜けた干し草のような香ばしい香りとどこか甘い香り……、これ好き……)
確かめるようにゆっくりと舌を動かすと、男のそれも合わせて蠢(うごめ)く。瞼(まぶた)を閉じて快感を追っていると、ジュウと強く吸われて唇が離れていった。
初めてこんなことをしたとぼんやり考えていると、後ろ向きに数歩歩かされ、そのまま身体を倒される。
「きゃあ!」
思わず悲鳴を上げるが、すぐに身体がベッドに受け止められる。
先ほどニーナがシーツを替えたベッドだ。
男が無言のままベストを脱いで、シャツのボタンに手をかける。
「口付けは嫌じゃなかったか? あぁ、悪いな。本当はもっとゆっくりと進めるべきなのはわかっているが、どうしてだかニーナを今ここで手に入れたいという気持ちが止まらないんだ……ほら」
男がシャツのボタンを素早く外すと、鍛えられたと思(おぼ)しき割れた腹部とズボンに視線が吸い寄せられる。
筋肉もすごいがそれよりもニーナが驚いたのは、既に興奮の兆しが見える股間部分だ。
あからさまにこれからの行為を感じさせる脱衣にぎょっと目を見開くと、同時に顔が熱くなる。
「あの、なにを、なにをなさるので?」
動揺に震える声をなんとか抑えて尋ねると、男は軽く首を傾(かし)げた。
背中で尻尾のように長い髪が揺れて、ニーナは初めてこの男の後ろ髪が長いことに気付いた。
(ダヴィデの尻尾みたい……)
先ほどからまったく状況が把握できない。
でも、この男の顔が好みすぎて目が離せない……!
「手を貸してくれ……」
わなわなと震えていた手を取られ、ニーナは戦慄した。
(もしかして……ナニを触らせるつもり……っ!?)
娼館では多種多様なサービスをしているという。
そこを娼婦に触れさせることは娼館では普通のことかもしれないが、ニーナは違う。ごく普通の洗濯屋だ。
いくら顔が好みな男の股間だとしても、そこを触るなどとんでもないことだと思っていると、男はニーナの手を自分の胸に当てさせた。
触れた部分からドコドコと激しい鼓動が感じられ、驚く。
「え」
「……っ、恥ずかしいくらいに緊張している。ニーナに触れたくて、堪(たま)らない」
「あ、うぁ……っ」
馬鹿正直な男の鼓動に当てられたのか、ニーナの心臓までが早鐘を打ち始める。
照れが全身に回り、身体が熱くて堪らない。
ニーナは振りほどこうとする手から力が抜けたのを感じる。
細身に見えるこの男は、意外と鍛えているようで、逃げられる気がしない。
「いや、あの……わたしは……ひゃああ!」
抵抗しないのが伝わったのか、男は素早くシャツを脱ぎ捨てた。
男の肉体に目が奪われると予想以上に胸が高鳴る。ニーナは初めて男性の身体が美しいと感じた。
「ニーナも同じ気持ちに見えるが……どうだ?」
「どうだって、あ、……あの……っ、そうなんですけどぉ……っ、ひぃん!」
声が震え徐々に潤んでいくのがわかった。
身体の奥のほうから未知の感情がうねりながら湧いてくる。
「わかったわかった、泣かないでくれ。あぁもう、本当に可愛いな。合言葉は知っているんだろう? どうしても駄目ならそれを言ってくれ」
無理強いはしたくない。そう言って笑みを浮かべた男の顔が好みすぎて、ニーナはごくりとつばを飲み込んだ。
男は言葉通り、丁寧に優しくニーナに愛撫を施した。
初(う)心(ぶ)な様子も面倒がらずにしっかりと受け止める男に、ニーナはずっと前からこの男に愛されていたのではないかと錯覚を起こすほどだった。
(わたし全然やめてって……思ってない……むしろもっと触れてほしいって……)
首筋から鎖骨、そして胸に口付けを落とされ、淡い吸い痕をつけられると身体がビクビクと戦慄(わなな)く。
エプロンを外され、服を脱がされるとようやく羞恥が襲ってくる。
普段通りの着古した下着を着用しているし、一所懸命働いたあとなのできっと汗臭いはず。
「あの、あまり近付かないで、汗かいてるから……」
「ん? 全然臭くないぞ? ニーナは石鹸のにおいがするな……設定が細かい」
そう言って下着の上から胸を揉(も)みしだき、谷間にキスをする。
やわらかな皮膚を吸われると、腰がヒクリと反応する。
「あ、はぁ……っ」
喘(あえ)いだのが気に入ったのか、男はニーナの下着をずらして直(じか)に乳房に触れた。男の熱い手のひらで思うさま形を変える乳房に、我が身ながら驚く。
(え、胸ってこんなに気持ちいいものなの? 知らなかった……っ)
ぐっと力を入れたかと思うと、やわやわと揉まれニーナの息が徐々に上がっていく。
肌が汗ばんでしっとりと吸い付くようになると、気持ち良さが倍増するようだった。
「ふ、あぁ……うぅん……っ」
快感の逃しかたがわからずに身を捩(よじ)ると男が小さく笑った。
「そんな初心な反応していたら、身体が持たないだろう? もっと声を出していいぞ」
胸の先にある突起を摘(つま)まれ軽くひねられて初めて、そこが赤く熟れていることに気付く。
「や、ぁあっ!」
ビリ、と感じたことのない痺れがニーナを襲い、身体が跳ねた。
こんなに顕著な反応をしてしまって恥ずかしい。
ニーナが顔を真っ赤にすると男が指の力を弱め、乳(にゅう)嘴(し)をさするように転がした。
「ここが弱いのか? なら、もっと優しくしてやらなきゃな」
「はぁん……っ」
両方同時に攻められたニーナは切なさに固く目を閉じる。
快感の海に投げ出されたような感覚が少し怖くて、寄る辺が欲しいと思ったニーナは口を開いた。
「な、名前呼びたい……」
「名前? クラウスだ、呼んでみてくれニーナ」
低く耳朶を擽(くすぐ)る声音は、同時にニーナの心の襞(ひだ)をも震わせた。
「ク、クラウス……」
名前を口の中で転がすと、こそばゆい気持ちになる。
それはクラウスも同じだったようで、口許をニヨニヨさせていた。
今さっき会ったばかりだというのに、二人の間に甘酸っぱい空気が満ちた。
まるで付き合いたての恋人同士になったような気がして、ニーナはもじもじと膝を擦り合わせる。
脚のあわいはさきほどの口付けや触れ合いで濡(ぬ)れていた。
しかしこういうことに不慣れで初めてのニーナに一抹の不安がよぎる。
「あの……」
遠慮がちに声を掛けると、クラウスは行為を中断して顔を上げた。
榛色の瞳が赤く縁どられていて、興奮を伝えてくる。
「どうしたニーナ」
(はう……っ、やっぱりいい男……っ)
身(み)悶(もだ)えたニーナは涎(よだれ)が垂れないように口許を隠して瞼を伏せた。
「あの、優しくしてほしくて……」
しおらしく囁(ささや)くと、クラウスは一瞬意表を突かれたような顔をした後、ニヨニヨと唇を緩ませた。
「わかってやっているんだったら、逆効果だぞ」
「え」
クラウスは唇を奪うと性急に舌を侵入させてきて、ニーナは口腔を存分に味わわれる。
口を吸われ、何度も乳嘴を捏(こ)ねられ、ニーナは息も絶え絶えになっていた。
口付けが解けると、ニーナはぐったりとシーツの上に横たわる。
もう少しも取り繕えないほどに疲労していた。
ニーナの脚のあわいは既に隠しようがないほど蜜が溢(あふ)れている。
クラウスはニーナの身体に優しく触れながら注意深く観察し、いいところを巧みに刺激した。
膝を割り蜜で蕩(とろ)けた襞を擽り、奥まった秘所へ指を這(は)わせる。
「あっ、や、ああ……んっ、は、あぁ!」
クラウスが指を蠢かせるたびに、ニーナはびくびくと腰を跳ねさせ達した。
ニーナが替えたシーツはあっという間に淫水で湿ってしまう。
何度も限界が訪れ、ニーナはクラウスの指で翻弄された。
器用なのかそれとも閨(ねや)事(ごと)に慣れているのか、ニーナが困惑するほどに痛みを与えずに蕩かせられた。
(あっ、もう……なにがなんだかわからない……気持ちいいってことしか……)
また弱いところを中から刺激されて、腰が勝手に跳ねる。
「ひ、ぁああ……っ」
「素直でいい具合だ……俺には勿(もっ)体(たい)ないくらいだ」
クラウスは密やかに息を吐き、おもむろに指を引き抜いた。
「あん……っ」
蜜洞が指を恋しがって蠕(ぜん)動(どう)すると、とぷりと淫らな音がして蜜がまた溢れた。
ニーナは熱に浮かされるような心地でぼんやりと首を巡らす。
拓(ひら)いた脚の中央に陣取ったクラウスがズボンの前開きのボタンを外して、膨張しきった男根を取り出す。
それは興奮で大きくなっていることを鑑みてもかなりの大きさと質量が感じられ、ニーナは夢見心地から覚醒した。
「え、大きい……そんなに大きいなんて聞いてない……っ」
「それはニーナと俺は、初めましてだからな」
ビキビキと太い血管が浮き上がり凶悪な面構えをしているそれは、添えられた指が上下すると、透明な雫(しずく)が先端の穴から垂れた。
クラウスの陽物は既に臨戦態勢で、今からあの凶悪なブツをニーナの中に突き入れるつもりなのは本能でわかる。
しかしニーナはつい本音を口走る。
「それは入れても大丈夫なものなの……っ?」
思わず弱音を吐くと、クラウスは僅かに頬を緩める。
「大丈夫に決まっている。ちゃんと入る」
しかし果たして目分量で確信まで持てるものなのか、そもそも規格はどうなっているのだ! こちとら初めてなんだとニーナは慌てるが、脚を押さえられているため逃げ出すことはできない。
「優しくするって言っただろう? ニーナに天国を味わわせてやるから心配しないでくれ。それに……もう遅い、ここまで来たら止めらない……っ」
クラウスの興奮しきった声は掠(かす)れていてニーナの胸に迫った。
求められていると感じた瞬間、腹の奥が痺れるような心地になった。
(あ……っ、ほ、欲しい……?)
「大丈夫、無理に奥まで突いたりしないから安心して。俺を受け入れてくれ」
ニーナは、びしょびしょになった自分の下着をずらして割れ目をなぞるクラウスの切っ先を見た。
これまでの人生でまじまじと見たことのない、凶悪なまでの猛(たけ)る男性器がにちにちとニーナから溢れた蜜を纏って上下している。
「ぁ……っ、ゆっくりして……」
奥がキュンキュンと期待で戦慄くのがわかった。
しかしてクラウスの雄芯は柔らかく解(ほぐ)れた肉襞を擽るようにゆっくりと入ってきた。
「ふ、……ぁあ……、くっ」
クラウスが快とも苦ともとれる呻(うめ)き声を上げる中、ニーナは自分が思ったよりも痛みを感じていないことに気付いた。
身体を裂く衝撃も違和感もある。
だがそれよりもクラウスの息遣いと匂い、そして重ねた肌の熱さがニーナの中で得も言われぬ多幸感を引き出して痛みを打ち消していた。
気持ちが身体を抜け出して、どこか高みに昇っていくように感じられたニーナは目の前の身体にしがみ付いた。
(もっと、この人を感じたい……!)
目の前の意外と逞(たくま)しい身体に抱きついてこの行為に没頭しそうになったニーナは、突然部屋のドアが乱暴に開け放たれて、驚きに息を止めた。
「遅れてごめんなさーい! 支度に手間取って……って、あれ?」
入ってきたのはニーナも顔見知りの娼婦モニカだった。なぜかカフェの女給のような格好をしている。
乱入されたことにひどく動揺したニーナと同時に、クラウスが低く呻いた。
「きゅ、急にそんなに締めるなっ!」
「え? な、なに??」
ニーナは男のその部分がひどく繊細で、女の蜜洞のきつい締め付けのせいで痛みを伴うことがあるのだということを、そのとき初めて知った。
「本当に、申し訳なかった」
床に正座をした男――クラウス・グランフェルトと名乗った――は斬首を待つ罪人のように絶望に顔を染め、深く項(うな)垂(だ)れていた。
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