書籍詳細
感度3000倍の媚薬をめちゃコワ将軍閣下に飲ませたら
定価 | 1,320円(税込) |
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発売日 | 2024/09/27 |
電子配信書店
内容紹介
立ち読み
1章 そうだ、結婚しよう
1
(お客様の中に感度三千倍の媚薬を飲んだ方はいらっしゃいませんか!?)
訓練中の兵士たちに向かい、そう呼びかけようとして、やめた。
きっと誰も名乗り出てはくれないだろう、と判断したからだ。
まずもって、兵士でも医官でもないハーキュロス伯爵家令嬢フィアールカが練兵場に足を運んだのは、のっぴきならない事情による。
その事情とはつまり、ハーキュロス家が納品した回復薬(ポーション)五百個の中に、己の作った媚薬の瓶が紛れ込んでしまったということである。
ただの媚薬ならまだ良かった。
フィアールカが作っていたのは、感度三千倍の媚薬だ。
摂取したら最後、性的感度が三千倍に高まり、尋常ではないほど敏感な体になってしまうのだ。強制的に発情させられてしまう、と言ったほうがわかりやすいかもしれない。
体が勝手にあらゆる刺激を性的な刺激として拾い、結果興奮し、ムラムラし、それはそれは“大変なこと”になる薬。
その媚薬を引き当てた不運な兵士は、今頃大変なことになっているはずだ。
勝手に湧き上がる猛烈な性衝動に戸惑い、しかし安直に誰かに助けを求めるわけにもいかない。
どれだけ辛(つら)かったとしても、誰かに『体がおかしくなっちゃうの』などと打ち明けるのは心理的負担が大きすぎるだろう。だから必死で何でもないふりをして己の尊厳を守ろうとしているに違いない。
鈍感さに定評のあるフィアールカでも、それくらいは理解できた。だからこうして自力でこっそり被害者を見つけようとしているのだが──。
無言で練兵場を見回し、日光の強さと兵士の多さにため息を吐(つ)く。
この場にいる兵士の総数、四百六十四名。
納品した回復薬五百個のうち、未開封分の三十六個は全て正規の回復薬だった。これは練兵場を訪れて真っ先にフィアールカが確認したから間違いない。
(自己申告は期待できないし、大っぴらに呼びかけることもできない。つまり私はこの人数の中から、目視だけで媚薬を飲んだたった一人を見つけなければならない……。なかなかに骨の折れる仕事だわ)
生まれつき色素の薄いフィアールカに、日光は毒そのものだった。ちょっとの日焼けでも簡単に水膨れができてしまうし、おまけに弱視なこともあって眩(まぶ)しさはすぐに頭痛となって現れる。
今日のように日傘、紫外線を遮断する眼鏡、日避けの長袖と手袋で武装すれば多少は時間が稼げるものの、結局は間に合わせ程度でしかない。
(でも仕方ないわ、我慢しなくちゃ。一番辛いのは私ではなく媚薬を飲んでしまった人だもの)
フィアールカの生家ハーキュロス伯爵家は、ゴリゴリの理系一家である。
父親は宮廷医官で研究者、二人の兄は医師兼発明家と薬学研究者。親類縁者も似たようなもので、医師やら学者やらがわんさか。
さらに実家は製薬事業を営んでおり、このレブレニア王国で出回っている薬のおよそ七割はハーキュロス家が特許を取得している。
そんな中に生まれ育ったフィアールカも当然のように研究者となった──が、その専門は一風変わった“性的健康(セクシュアルウェルネス)”。
自分が女性であることと、『女性特有の悩みは男性に相談しにくい』という女性の心情を慮(おもんぱか)り、フィアールカはこの道を選んだ。男性に相談できないのなら、私が相談相手になり、悩みを解決する手助けをしよう──と。
それから数年、様々な医薬品や雑貨、時には性具(ラブグッズ)も開発し、フィアールカの商品は一部の婦人方から絶大な支持を得るに至っている。
もちろんそこに恥じらいなどない。彼女にとってこれは真面目な仕事であり、研究であり、人助け、生きがい、生きる意味……。
とにかくフィアールカは真剣だった。潤滑ゼリーの成分にも、張型の反りの角度にも。
件(くだん)の媚薬もそのうちの一つ。まだ試作段階だったが、最終的には濃度を調整し夫婦関係のマンネリ化を解消させるための秘密兵器として売り出す予定でいた。
(あの濃度のまま飲まれたのも、一瓶丸々飲まれてしまったのも想定外だったわ。死にはしないし効果は一時的なもので、発散させれば収まるし後遺症も残らない。けれど、だからといって感度三千倍なんて、とてもヒトに試していい濃度ではない。……ま、今更悔いたって仕方ないわよね! だからこの際データだけはしっかり残しておかなくちゃ。仕方ない、仕方ない)
ともすれば毒にもなりそうなものを誤って納品してしまったことは、ハーキュロス家が長年積み上げてきた信頼を著(いちじる)しく毀損(きそん)してしまう最悪のミスだ。
しかしフィアールカはどこまでも研究家肌の人間だった。
再発防止策はもちろん考える。だが、後回し。
まずは感度三千倍の媚薬を飲んだ人間がどうなるか、詳細なデータの取得に努めることにしたのである。
だからこうして被験者……もとい、被害者を特定しようとしているのだが──。
「問題なし、問題なし、あの人も問題なし……。辛そうにしている人も、前屈みの人もいないわね……」
漏れがないよう指差し確認をしながら、一人一人の状態を見ていく。
媚薬による影響が現れるとしたら、血圧の上昇、発汗、息切れ。その他に勃起(ぼっき)、射精といったところか。
しかしながらいくら目を皿にして兵士たちを検分しても、みな元気良く剣技の訓練に勤しんでいる。具合が悪そうな者は誰一人として見つからない。
「おかしいわ、絶対にこの中の誰かが飲んでいるはずなのに」
重ねて言うが、感度三千倍である。ひとたび口に含んだが最後、その影響は隠そうとして隠せるものではないはずだ。
(どうして!? 殿方ならば絶対に勃起しているはずよ!! それどころか白昼夢で夢精したっておかしくないくらいなのに。ここにいる全員、事情を伏せたままどうにかして鎧を脱がせることはできないかしら。そうすれば勃起の有無がわかるのだけれど……)
フィアールカが練兵場を訪れて、すでに十五分は経過していた。
夏ほど日差しは強くないものの、春の眩しさもなかなかのものだ。そのせいでこめかみ付近がズキズキ痛み始めている。
だが、何の成果も得られぬままここでしおしおと帰るわけにはいかなかった。
眼鏡のフレームを指先で押し上げ、気合を入れて目を凝(こ)らす。すると──。
「……あの人様子がおかしいわ」
フィアールカはようやく、不自然に肩で息をしている者を見つけた。
焦茶の髪をした巨漢。
彼は兵士たちを監督する立場の人間だった。長い剣を地面に突き立て支えにして立ってはいるものの、それがやっとという状態。時折フラフラと重心がブレている。
(間違いない、彼ね。だけど……)
フィアールカの口の端が引き攣(つ)った。
「あれは……トルデン・オルロフ、将軍、閣下……では?」
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