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インテリ司書と脳筋騎士の噛み合わない新婚生活

すいようび / 著
園見亜季 / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2024/09/27

内容紹介

君は世界で一番可愛い俺の妻だ
本を愛し、司書の仕事を誇りに思っていたルドミラ。結婚後も仕事を続けていいという好条件で縁談が決まった相手は、正反対の語彙力を持つ騎士副団長のエリアーシュだった。ルドミラは愛の言葉を交わす素敵な初夜を期待するが、どうも会話が噛み合わなくて!? 理想の夫婦になるためルドミラはエリアーシュの語彙を増やそうと奮闘するが、次第に彼のまっすぐな愛情に惹かれていく。しかしあるきっかけで2人はすれ違い、その矢先エリアーシュは事故で記憶喪失になってしまい...…。「可愛い君を見ていたら、我慢が出来なくなった」噛み合わない2人の、ドタバタ新婚ラブコメディ!《第4回ジュリアンパブリッシング恋愛小説大賞金賞受賞作》

立ち読み

第一章  私は犬と結婚したのかしら

 誓いのキスが記念すべきファーストキスという人生は、果たして幸せなのか否か。
 純白の衣装に身を包んだ花嫁は、情熱的な榛(はしばみ)色の瞳に見守られながら、そんなことを考えていた。
 光の粒が祝福のシャワーのように降り注ぐ中、剣だこでゴツゴツした指が繊細なヴェールを静かに持ち上げる。
 嬉しそうに顔を覗き込まれたので、目を伏せていた花嫁は意を決して新郎の方を向いた。
「大丈夫、必ず幸せにする」
 そう耳元で囁(ささや)かれた後、ふたりの唇は静かに重なって、花嫁は人生で初めての口づけを経験するのだった。
「ここに新たな夫婦が誕生いたしました!」
 牧師の宣言の後、教会は歓声で溢(あふ)れ、花嫁は感無量で十字架を見上げた。
 花嫁の青い瞳にステンドグラスの光がキラキラと映り込み、宝石のように輝く。
(ああ、これで私も既婚者の仲間入りね……)
 なんと清々しい気分なのだろう。これでやっと、母親に行き遅れだと泣かれる日々からようやく解き放たれる。
 大きく深呼吸すれば、隣にいる新郎から新緑のような香水の香りがした。
 彼の方を向くと、榛色の瞳がとろけるような笑みを浮かべて、こちらを見つめている。花嫁も静かに微笑み返した。

 ルドミラとエリアーシュは両家の親によって結婚が決められた夫婦だ。
 きっかけは、適齢期を過ぎても一向に結婚しようとしないルドミラに悩んでいた母と、たまたまその場にいたエリアーシュの母が茶話会で意気投合したこと。
 親同士が勝手に盛り上がって婚約してしまったため、ルドミラは彼のことをよく知らない。けれど誓いのキスがとても優しかったので、きっと悪い人ではないのだろう。
(結婚なんて一生無縁だと思っていたのに……)
 参列客の手から色とりどりの花びらが舞う。その中を歩きながら、ルドミラはこれまでの人生を振り返っていた。
 ルドミラは、王立図書館で司書をしている。
 司書といっても仕事は多岐にわたっており、図書館の運営から管理まで幅広く携わっている立派な文官のひとりだ。
 彼女は自分の仕事に誇りを持っていた。それは典型的な恋愛脳の母への反発でもあるし、純粋に本が好きだというのもある。
 女の幸せは男に愛されることだと信じ込んでいる母親の生き方を否定するつもりはない。ただ、それを強要してくることだけはどうしても受け入れられなかった。
 だからルドミラは母親から逃げるようにひたすら司書の仕事に没頭し、その傍(かたわ)らで、誰にも縛られることなく大好きな本の中で自由に世界を飛び回っていた。
 人間は限られた人生の中でしか生きることができない。けれど本を読めば、ルドミラは旅人にも軍人にもなれる。
 ひとりで暮らすには十分な給金をもらっているし、母親さえ諦めてくれたら一生独身のまま本に埋もれて生活するつもりだった。
 そもそも、どんなに泣きつかれても、生まれてから二十五年間、男性と無縁の生活を送ってきた。結婚しようにも相手がいないのだ。
 ルドミラは良縁にこそ恵まれなかったものの、容姿は言うほど劣っていない。
 すっくと姿勢を正して図書館のカウンターに座り、ポニーテールの黒髪を小さく揺らしながら書類に目を通す姿は大変絵になる。
 しかし性格が可愛げや儚(はかな)さと対極にある上、小難しいことばかり言う癖が災いして、男性から敬遠されがちだった。
 そこへきて突然舞い込んだ縁談。しかも相手はルドミラの仕事に大変理解があり、結婚後も好きなだけ続けていいと言ってくれている。
 条件は悪くない――。
 ルドミラはこの結婚のメリット・デメリットを紙に書き出した。そしてそれを見比べながら熟考した末、首を縦に振ったのだった。

 親戚や友人知人、仕事の関係者を招いたパーティーが終わり、新郎新婦は新居へ帰る。この結婚のためにわざわざ新郎が用意してくれた家だ。
 ふたりでの生活はもちろん、子どもが生まれた時のことを考えても十分な広さの屋敷で、オフホワイトを基調とした内装が愛らしい。ルドミラはひと目でここが気に入った。
 メイドに手伝ってもらいながらドレスを脱いで、結った黒髪を下ろし、いつもより丁寧に身を清める。そして香りのいい香油を体に塗り込むと、真新しいガウンを羽織った。
 今からルドミラを待っているのは、他でもない初夜だ。
(大丈夫、今夜のために熟読したんだもの。抜かりはないわ)
 ルドミラはソファに座り、「初夜の作法」を開く。
 この結婚が決まってから毎日のように読み込んだため、新刊だったのにページの端は黒ずんでいる。
「初夜の作法」には、「積極的な花嫁編」と「しとやかな花嫁編」の二種類があり、ルドミラは後者を頭に叩き込んでいた。
「積極的な花嫁編」は夫の陰茎を咥(くわ)えるとか自分から夫に跨(また)がって動くとか、経験のないルドミラには難易度が高すぎる。
 一方、「しとやかな花嫁編」は、ベッドでの花嫁の振る舞い方、男性器の部位や射精のメカニズム、受精にいたるまでの流れを丁寧に解説している。
 本に開き癖がつくほど余すことなく予習をしているので、処女のルドミラでもきっと今夜を乗り切ることができるだろう。
 問題があるとすれば破(は)瓜(か)の痛みだが、こればかりはしょうがない。本にも「痛がると殿方の興を削いでしまう」と書いていたし、それは耐えるしかない。
「お待たせ、ルドミラ!」
 勢いよく扉が開かれ、にかっと太陽のように明るい笑顔を浮かべた夫が、寝室に入ってきた。
 ルドミラの夫であるエリアーシュは「白百合の騎士団」の副団長だ。三十二歳という若さで役職に就いているということは、それだけ戦績を挙げているということ。見目麗しく、快活な人柄で、女性文官たちの間でも大人気の男である。
 しかしそんな彼もいい出会いに恵まれなかったのか、三十二歳になっても独身を貫いていた。
 エリアーシュが勢いよくソファに座ると、ルドミラの体が少し浮いた。
 騎士をしているだけあって、彼はとても体格がいい。ガウンを着ていても、がっちりとした体躯が見てとれる。
「君を待たせたら悪いと思って、急いで風呂から出てきたよ!」
「はあ……」
 エリアーシュが人懐っこい顔で笑うが、ルドミラは彼の金色の髪からぽたぽた雫(しずく)が落ちてくる方が気になってしょうがない。おおはしゃぎで水浴びをした後の大型犬のようだ。
 とても自分より年上には見えないな……と思いながら、ルドミラはたまたま手元にあったタオルで髪を拭いてやる。すると彼は気持ちよさそうに目をつぶった。
(私は犬と結婚したのかしら……)
 とても今から初夜が始まるとは思えない雰囲気だ。
「今日の式は大変素晴らしかったですね。ステンドグラスから差し込む光が、床にモザイク画を描くようで思わず見惚れてしまいました」
「ああ、綺麗だったな! でも、一番綺麗だったのは君だよ!」
「まぁ、お上手ですね……」
 屈託のない笑顔に、最上級の褒め言葉。ルドミラはこういうお世辞には慣れていないので、思わず目を逸らしてしまった。
「テーブルにあったホワイトセルリックの花は、最近の気象状況のおかげで早咲きのものが運よく手に入ったそうですよ。可(か)憐(れん)でいい香りがしましたね」
「ああ、いい香りだったな! でも、今の君の方がいい香りだ!」
「そ、そうですか……。ホワイトセルリックは、愛の女神の吐息で芽吹くと言われているんです。花言葉は『純愛の目覚め』。だから、結婚式に飾ると縁起がいいんですよ」
「そうか! 凄いな!」
「……」
 全くひねりのない褒め言葉に、ルドミラは若干動揺し始めていた。
 ルドミラの耳にもエリアーシュについての噂は入っていた。総じて「騎士団きってのモテ男」だの「女性を口説くのが上手」だの、色男を彷(ほう)彿(ふつ)させるような評価だったため、ルドミラは彼のことを小説に出てくるような、言葉巧みに女性を惑わせるような人だと思っていた。しかし、どうも違うらしい。
 ひとしきり会話をしていると、次第にエリアーシュがそわそわし始めた。顔を横に振ったり、もじもじと足を動かしたり。
 そして突然ソファから立ち上がると「行こう!」と言って、ルドミラの手を引いた。向かったのはベッドだった。
 大きな手がしっかりとルドミラを捕まえている。
「神の槍(やり)を振るった大英雄も、こんな手だったのかしら……」
「ん? 何か言ったか?」
 ルドミラの独り言に気づいたエリアーシュがこちらを振り返る。彼女は慌てて謝った。
「ごめんなさい。気にしないで」
(いけないいけない……)
 つい、いつもの癖が出てしまった。
 ルドミラは賢人が遺した言葉や神話などを取り入れた会話が好きだ。
 恋愛脳の母親から「人間は言葉ではなく気持ちが大事なのよ!」と言い聞かされていたが、全く響かなかった。
 だって気持ちなんていくらでも偽ることができる。うわべだけの甘い言葉なら、どんな悪党だって言えるだろう。
 けれど教養は裏切らない。どれだけ真面目に学び、努力してきたか――文学的な会話を通じて相手の知識を推し量る方が、その人間の真の姿を垣間見ることができる。ルドミラはそう信じていた。
「女性はやっぱり緊張するだろう?」
「あ、いえ……」
 ルドミラが別のことを考えているなどつゆ知らず、エリアーシュは彼女を気遣う。年齢よりか幼い印象は否めないが、きっと心根は優しい男なのだろう。
 キングサイズのベッドに腰掛けると、すぐにエリアーシュの顔が近づいた。
「ルドミラ……」
 艶っぽい声で名前を呼ばれたかと思ったら、ふっくらとした唇がルドミラに重なった。
 最初は結婚式の時のように、触れるだけの口づけだった。
 それだけでもルドミラは精一杯だったのに、しばらくするとエリアーシュの口が少し開き、ルドミラの唇をぱくりと食べてしまった。
「!!」
 ルドミラの肩が跳ねる。自然と腰が引けてしまうのを、エリアーシュがそっと抱き寄せ、逃げられないようにした。
 包み込むように、はむ、はむと食(は)んだ後、今度はルドミラの上唇に吸いついた。
「ふ……んん……」
 ルドミラにとって、誓いのキスを除けばこれが初めてのキスになる。ロマンス小説のように本当に声が漏れるのだなと驚いた。
 ちゅ、と愛らしい水音とともに、ルドミラの心がざわつき始める。
 なんだか体の奥がもぞりと疼(うず)いたような気がする。エリアーシュに気づかれないよう、こっそり太ももをぎゅっとこすり合わせた。
 キスのターゲットが下唇に移る。エリアーシュがほんの少しだけ歯を立てて甘噛みすると、ルドミラの体の疼きが更に酷くなった。
 そういえば「初夜の作法」には、技巧的な口づけの応酬についても書かれていた。
 作者曰(いわ)く、お互いの舌を絡ませ、唾液を飲ませるといいらしい。しかしそこまでするのははしたないような気がする。ルドミラは控えめにエリアーシュの唇に舌を差し入れることにした。
 彼の唇にちょんちょんと触れると、エリアーシュが嬉しそうに笑った気配がした。
 エリアーシュの手がルドミラの細い腰から頭の後ろへと移動する。そして、ぐっと力がこめられたと思った瞬間、彼の舌がルドミラの口(こう)腔(こう)に侵入した。
「……っ! んっ、んむっ」
 ぬるりとした感触がルドミラの歯列を、上顎を、ゆっくりと這(は)っていく。離れたかと思いきや、今度はルドミラの舌に絡みつく。
「んんーッ!」
 驚きのあまり、ルドミラはエリアーシュの逞(たくま)しい胸板を押し返そうとした。しかしびくともしない。それどころか、とろとろと流し込まれた唾液を、思わず飲み干してしまった。
(あ、あ、なにこれ……。凄く甘い……)
 体温が上がり、じわりと汗が滲(にじ)み始める。息が上がるのは酸欠のせいなのか興奮のせいなのか、ルドミラはもはや区別すらつかなかった。
 しばらくお互いの唇を堪能した後、ふたりは顔を離した。
 ルドミラはエリアーシュの甘いキスだけですっかりとろかされ、うっとりとした瞳で彼を見つめる。
(ルドミラ! しっかりしなさい! こんなことでは尻軽な女に間違えられるわよ!?)
 心の中で自分を叱(しっ)咤(た)激励しているのに、体が思うように動かない。頭の芯も、なんだか麻痺しているようだった。
「……神が創造した男と女も、楽園を追い出された後、こんな風に互いを慰め合ったのでしょうか」 
 まるで詩を紡ぐように、ルドミラが小さく囁く。
 原初の男女はきっと今のルドミラたちのように、肌と肌を、粘膜と粘膜を触れ合わせ、幸福だった楽園を恋しく思いながら悲しみを癒やしていたのだろう。そういう気持ちがこめられていた。
 しかしエリアーシュは首を傾げるだけで、特に反応はなかった。
(あ、あら……?)
 どうやら不発に終わってしまったらしい。
 ルドミラが困惑している間に、逞しい指がルドミラの頬を伝う。そのまま耳たぶへと進み、柔らかな肉をすりすりと弄(もてあそ)んだ。
「ルドミラ、可愛い……。凄く可愛い……」
「ん……っ」
 ほぼ初対面なのに、エリアーシュはずっと前からそう思っていたかのように囁いてくれる。ルドミラは異性との戯(たわむ)れに全く免疫がないせいで、恥ずかしくてたまらなかった。
「好き……好き。ルドミラ、好きだよ」
 エリアーシュがルドミラの頬や首筋にキスの雨を降らせる。その勢いにルドミラはこれが初夜の始まりであることを悟った。
 チクリと微かな痛みを感じる。
 雪を欺(あざむ)くような肌に次々と赤い花びらが散らされていくのが分かる。ルドミラはたまらなくなって思わず声を上げてしまった。
「あっ、あっ! これが美しい王女に降った全知全能の神の雨なのかしら……!」
「……?」
 エリアーシュはルドミラのひと言に、不思議そうな表情を浮かべた。
 またルドミラの睦(むつ)言(ごと)は不発だった。
 彼は決して無視しているわけではない。しかし何も返してくれないので、ルドミラは若干の焦りと物足りなさを感じ始めていた。
 例えば、ルドミラ的には「この身を雨に変えてでも、囚(とら)われの王女に会いたい一心だったんだ」などと返事をしてもらいたかった。
(もしかして、彼に私の言うことは伝わっていない?)
 ルドミラはなんとなく嫌な予感がした。
「ルドミラッ……! もう!」
 突然エリアーシュが切羽詰まった声を上げ、ルドミラをシーツの上に押し倒した。そして引き千切るかのように、彼女のガウンのリボンを解いた。
 初夜だからという理由で、ルドミラはガウンの下には何も着せられていない。
「……綺麗だ」
 ため息混じりのエリアーシュの賛辞と舐(な)めるような視線。目の前にいる夫が、記憶に焼きつけんばかりの勢いで自分の全身を隈なく見ている。
 ルドミラは初めて異性に裸を晒(さら)すという羞(しゅう)恥(ち)に震えていた。
 自分の体に男を魅了する力があるとは思っていない。
 痩身でくびれはあるが、胸の大きさは控えめであるためメリハリに欠ける。足も痩せ細った樹木のようで、むっちりとした色気はない。それでもエリアーシュは何度も綺麗だ、綺麗だと褒めそやしてくれた。
 恥ずかしい。とても恥ずかしい。でも純粋に嬉しい。たとえそれがお世辞だとしても、夫となった男にこんな風に言われるのは悪い気がしなかった。
 ただわがままを言わせてもらえば、もう少しバリエーションが欲しかった。例えば「君が俺を惑わせる木の精だとしても、喜んでこの身を捧げよう」とか。
 ルドミラの心に微かに物足りなさが燻(くすぶ)る中、エリアーシュも己のガウンを剥(は)ぎ取(と)った。
「……!!」
 エリアーシュの肉体は、男性経験のない彼女が目にしていいような生優しいものではなかった。
 パンパンに隆起した胸筋、鬼神のごとく勇ましさをたたえた肩と腕。六つに割れた腹筋を視線で辿(たど)り、その先にあるグロテスクなまでに赤黒く腫れ上がって反り返る剛直――。
 そのあまりの猛々しさに、思わずルドミラは言葉を失う。
(嘘よ! あんなの「初夜の作法」に描いてあった挿し絵と全然違うじゃない! 詐欺だわ!! しかも、あの血管みたいな筋は何!? なんで先端が濡れてるの!?)
 ルドミラの血の気がさぁっと引いていく。
 解剖学の本にだってしっかり目を通してきたから、陰茎がどのようなものか理解していたつもりだった。
 それなのにエリアーシュのものは、あまりにも想定と違う。
 ルドミラは脳が沸騰してしまいそうになったが、エリアーシュの逞しい筋肉を観察することで気を逸らした。
 あれが大胸筋……僧帽筋……。解剖図のページを思い出すことで正気を保とうとしたが、そうすればするほど彼の肉体に意識が向いてしまう。
 ――今からあの体が私を抱くのね……。
 ごくりと生唾を飲み込む。
 あの鋼のような頑丈な肉体に貫かれてしまったら、もうこれまでの自分には戻れないような予感がする。期待と不安が同時に押し寄せてきた。
「ルドミラ……」
 夫の甘い呼びかけにハッとした時にはもう遅くて、ルドミラはエリアーシュの屈強な腕の檻(おり)の中に囚われていた。
 エリアーシュがルドミラの体を太い指で激しくまさぐる。ルドミラの口から「……あっ、な、あ、やん……!」と、控えめだが艶っぽい声が漏れた。
 エリアーシュはたまらないと言わんばかりに薄い皮膚に吸いつき、ルドミラの首筋にいくつもの鬱(うっ)血(けつ)痕(こん)を残していく。同時に、大きな手のひらでルドミラの乳房を寄せ上げ、激しく揉みしだいた。
 控えめだったはずのルドミラの胸がエリアーシュの力によって形を歪める。けれど決して痛みは与えない。
 ルドミラの首筋から離れたエリアーシュが次に向かったのは、彼女のささやかな胸の飾り。まだ誰にも触れられたことのないそこは、淡い桃色を帯びていた。
「ぅあ、や、あ……」
 きゅうっと引っ張り出すようにエリアーシュが乳首を吸うと、ふっくらとした乳輪から、ルドミラの小さな突起が顔を出した。
「ルドミラの乳首、凄く可愛い……」
 彼はそう呟(つぶや)くと、ちゅぱっと音を立ててそこを吸い上げ、勢いよく唇から離す。それを何度も何度も繰り返し、ルドミラの愛らしい乳首の成熟を促した。
 これまでルドミラが読んできた官能小説にも、男が女の乳首を口に含むシーンは散々描かれていた。けれど、正直「乳飲み子でもあるまいし、乳首で悦(よろこ)ぶなんて馬鹿馬鹿しい」と思っていたのでサラッと流し読みしていた。
 でも、いざ吸われてみると体の奥が疼き、嬌声が止まらない。描写を読むのと実際にされるのとでは、こうも印象が変わるとは驚きだった。
 乳首を舌でちろちろと転がされ、もう片方は親指と人差し指で摘(つま)まれて。
 ルドミラは左右から与えられる刺激に、背中を弓なりにした。
 エリアーシュに情けない姿を見せたくなくて必死で首を横に振るが、それは夫の興奮を煽(あお)る行為でしかなかった。
「綺麗だよ、ルドミラ……」
「っや、だめ……ッ」
 ルドミラが感じている顔を見たいのか、エリアーシュが胸から口を離した。
 その間も乳首を押し潰しながら、くりくりと円を描くようにいたぶっている。
(こ、こんな……授乳の真似事でっ……! 感じるなんて……!)
 唇を噛んで、喉の奥から漏れそうな声を押しとどめる。けれど既(すで)にルドミラの白い肌は首元まで真っ赤になっており、快感を拾い始めていることは一目瞭然だった。
 ルドミラが乳首への刺激に夢中になっていると、エリアーシュの手が密かに彼女の秘部へと進んでいた。
「ひぅ!?」
「ふふ、凄いことになってるよ……」
 エリアーシュの指がゆっくりと溝を撫でていく。その間もエリアーシュはうわ言のように、凄い凄いと言い続ける。
 何が凄いのか説明してほしいと思うのだが、どうもうまく言葉にならない。
「ぁぐ……あ……エリ……んっ……」
「どうした?」
「す、すご……」
 ルドミラとしては「あなたが先ほど凄いと言った理由を教えてもらいたい」と質問したつもりだった……のだが、エリアーシュには何か別の意味に聞こえたらしい。
 彼は嬉しそうに頬を紅潮させ、ゆっくりとルドミラの花びらを開いていく。いつもは下着で隠している部分が、空気に触れてひやりとする。
「そうか、ここが凄くいいんだな」
 違う、そういう意味じゃない。
「綺麗だ……」
 そう呟きながらエリアーシュが秘裂を指でなぞると、ルドミラの下腹部にゾクゾクッと震えが走った。
 太い指からは想像がつかないほど、彼は繊細に愛撫する。溝の周りをぐるりと円を描くようにくすぐったり、そっと指先を立てて、フェザータッチをしてみたり。そのたびにルドミラは、自分の体の中から熱い何かが溢れるの感じた。エリアーシュはそれをしきりにすくい取り、ぬるぬると塗り広げる。
(ああ、これが『濡れる』という現象なのね……)
 自分の体から迸(ほとばし)るものが愛液であるということを、ルドミラはようやく悟る。確か「初夜の作法」には、女の体が男の体を受け入れようとしている証拠だと書いてあった。
 ということは、もう体は夫を受け入れても大丈夫と言っているのだろう。
 エリアーシュはルドミラの陰唇を少し持ち上げるようにして開くと、彼女の愛液を指先に取って何かに押しつけた。
「ひぅ!!」
 鋭い刺激にルドミラの体に思わず力が入った。
(や、やだ! 何これ……っ!)
 何が行われているのか確認しようと起き上がろうとしたが、エリアーシュがルドミラの太ももをまさぐり、それを阻止した。
 彼の指は絶えずぬるぬると左右に動き、そのたびにルドミラの喉から「あっ」とか「んんっ」といった生々しい声が漏れる。
 ルドミラはようやく彼が触れている場所が陰核であることに気づいた。
 そこが女性器の中でも一際敏感な部分だとは聞いていたし、官能小説でも定番の部位ではあるが、自分で触れたことなどなかった。
「っあ……ぅあッ……やぁっ……」
 それでも陰核を愛撫されているうちに、ルドミラは自分の内側で強烈な飢餓感が膨らんでいることに気づいた。
 何かが欲しい。何かでたっぷりと満たして欲しい――。
 体がそう叫んでいるけれど、肝心の何が欲しいのかまでは分からない。
「ふ、あ、だめ……。ああっ……」
「可愛い。凄く可愛いよ、ルドミラ……」
 悶(もだ)える彼女の耳元で囁きながら、エリアーシュの指は陰核を離れて下へ下へと進む。そして、蜜の源泉となっている入り口に、逞しい指がつぷりと差し込まれた。
「……ッ! あああっ!」
 腰が跳ね、遂(つい)にルドミラの口から悲鳴が出た。
 痛みはないが、異物が自分の中へと侵入する違和感が大きかった。
「あっ……凄い、ルドミラ……」
 エリアーシュが感無量といった感じで呟いている。
 彼はさっきから一体何を驚いているんだろう。
 エリアーシュがゆっくりと指を動かし始める。最初は様子を見ながら抜き差しして、ルドミラの反応が悪くなければ膣内をうかがうように掻き混ぜて。
 そうして彼女の処女地はゆっくりと拓(ひら)かれていった。
 彼の指が膣壁の一ヶ所を掠(かす)めると、ルドミラの体がピクンッと揺れた。もう一度彼がそこに触れると、今度はルドミラの背中がベッドから浮いた。
 エリアーシュはその反応を見ると、嬉しそうに微笑みながら膣壁を執拗にこすり始めた。
「……ッ! ふ! あッ……!」
「ああ、本当に可愛いね。ルドミラ」
 ルドミラが喘(あえ)ぐとエリアーシュが可愛いと褒める。それを何度も何度も繰り返していると、いつの間にか指が二本に増えていた。
(「初夜の作法」では……こ、こんなこと、書いてなかったはずよ!? これじゃ官能小説みたいじゃない!)
 淫らに腰をくねらせ、快感に流されそうになっている自分に、ルドミラはただただ動揺し、困惑するばかりだ。
 初夜は数々の文献でも、神聖な交合とされている。官能小説のように男女がくんずほぐれつするものではないはずだ。
 しかしエリアーシュの指の動きは、明らかに女性を性的に高めるためのものであり、ルドミラはその淫(いん)靡(び)な刺激に耽(ふけ)っていた。
(お、おかしい……っ。もっと冷厳に進んでいくものだと思ってたのに……っ!)
 ルドミラは何度も何度も頭の中でそう叫んだ。
 ふと視界の端で、禍(まが)々(まが)しいものが揺れているのが見えた。ルドミラが喘ぎながら目で追ってみると、それは昂(たか)ぶったエリアーシュの陰茎だった。
 腹筋を叩く勢いで反り返っており、先ほどよりも存在が強烈になっている。
 先端はくっきりと抉(えぐ)れ、側面はキノコの傘のように張り出していた。
 そして何よりも、ルドミラを怯(ひる)ませたのはその太さだ。
(嘘よ……。こんなもの、人体に入るわけがないわ……)
 エリアーシュの陰茎と太さを比べようとして、ルドミラがさりげなく腕を伸ばしてみると、エリアーシュの指の動きが止まった。
「ルドミラ、もういいのか……?」
「えっ?」
 太さ比べに何か差し障りが? よく分からないままエリアーシュの問いに頷くと、彼はルドミラの手首をそっと掴(つか)み、細い指を滾(たぎ)る陰茎へと導いた。
「○△※◆×◎!?」
 本当は悲鳴を上げたかったのに、ルドミラの喉からは何も声が出なかった。
(やだ、熱い! それに凄く硬い!)
 意図せずして触れることになってしまったエリアーシュの陰茎は、驚くほど滾り、脈打っていた。ただおどろおどろしい見た目の割に、触り心地はしっとりしている。なんとも不思議な感触だ。
 同じ人間のはずなのに、男女でこうも違う部位があるなんて信じられない。
 エリアーシュはルドミラの手の上に自分の手を重ねて、そのまま陰茎を扱(しご)き始める。先端から溢れた液が竿の部分に垂れて、動かすたびにぐちゅ、にちゅ、と音を立てる。あまりにいやらしい光景に、ルドミラは言葉を失った。
 一方のエリアーシュは、眉を顰(ひそ)めて何かをこらえるような表情を浮かべていた。
「はっ……くっ……ルドミラ、どうだ?」
「どうと言われましても……。古代の彫刻のがこんなに大きいサイズだったら、美術館は大変でしたでしょうね」
 なんと返事をするのが正解なのか分からなかったため、ルドミラは曖(あい)昧(まい)な答えで濁した。しかし、なぜかエリアーシュは嬉しそうな顔をした。
「今からこれを君の中に入れるよ」
 エリアーシュはそう宣言すると、限界まで滾った陰茎からルドミラの手を離させた。
 ごくり。ルドミラは生唾を飲み込む。
 しかし彼はいきなり挿入するのではなく、ルドミラの太ももの間に剛直を差し込み、ぬるんぬるんと秘所にこすり合わせて楽しんでいる。
「最初は少し痛むかもしれないが、すぐによくなる。だから俺に身を任せてくれ」
「はい」
 もちろん言われなくとも、全て彼に任せるつもりだ。
(ええと……花嫁は目を閉じて、体の力を抜いて足を開くのよね)
 本に書いてあったとおり、ルドミラが膝を立てた両足を開く。すると陰茎を擦りつけていたエリアーシュが動きを止めて、静かに唇を重ねた。
 下唇を甘噛みされ、大きな手のひらで全身を愛おしげにまさぐられ。
 でもとろけるような時間はほんの一瞬。この後、まさかあんなに激しい行為が待っているなんてルドミラには想像もできなかった。
「ルドミラ……いくよ」
「っ……!!」
 甘く名前を呼ばれた瞬間、ルドミラの体に激しい痛みが襲いかかった。
 下腹部を矛(ほこ)で貫かれたような衝撃。無理矢理拡張されていく圧迫感。
 これが破瓜の苦痛だということはすぐに理解できた。
「いっ……!!」
 ルドミラは思わず「痛い」と言いそうになって、慌てて唇を噛んだ。
「初夜の作法」に「痛がると殿方の興を削いでしまう」と書いてあった。なんとしてでも我慢しなければ。
 とはいえ痛いものは痛い。何だこれは。拷問か? 処女受胎が羨(うらや)ましくなるレベルだった。
「ルドミラ……ああ……ルドミラ綺麗だ……」
 痛みに耐える妻をよそに、エリアーシュは切なそうに顔を歪めて呟いている。
 エリアーシュがルドミラの首筋にキスを落とすと、彼の額に滲んでいた玉のような汗がルドミラの肌に落ちた。
「苦しいかもしれないが、少し動く」
「……は、い」
 彼が静かに告げると、ゆっくりと腰が前後に動き始めた。
 決して激しい動きではないのに、重い衝撃がズンッと下腹部を突き抜け、ルドミラの脳にまで響く。
「……ッ! やっ……」
 引きつれるような刺激に抗議の声が漏れそうだったが、すんでのところでこらえた。
 彼がルドミラを穿(うが)つたびに、ぐちゅぐちゅと卑(ひ)猥(わい)な音が立つ。十分に濡れているようだが、それでも処女のルドミラには不十分だった。
 ロマンス小説のように我を忘れるほどの官能なんて作り物だ。現実は苦痛を伴うだけだ。
 だからルドミラは、一秒でも早くエリアーシュが目的を達成して、初夜が終わることを祈っていた。それなのに――。
「ああああッ!」
 一際強く奥を突かれた瞬間、ルドミラの中で変化が起きた。


この続きは「インテリ司書と脳筋騎士の噛み合わない新婚生活」でお楽しみください♪