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魔法士不遇の国で王宮付きのストレスフル魔法士をしているので、性感マッサージに行ってみました。 ~セラピストは大人気騎士様です~

ポメ。 / 著
cielo / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2025/01/31

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内容紹介

君以上の人なんてもう現れない
魔法士不遇の国の王宮で働く上級魔法士のエスタは、日々人間関係や膨大な業務量にストレスを抱えていた。彼女を心配した同僚から移動魔法で性感マッサージ店へ送られるが、そこにセラピストとして現れたのは皆の憧れの王国騎士第三部隊長のグウェインで!? 「合法的に女性に触れられるから」と言うグウェインに釈然としないものの、彼の美丈夫っぷりに押されて性感マッサージを受けるエスタ。その後も正体を隠して通い続けるが、自分がグウェインにハマりすぎていることに気づく。彼から離れようとするも――「私だって君の前ではただの優しい男でいたかった」なぜか強引に迫られ押し倒されてしまい……!? 堅物騎士団長に執着強めに愛されています!

立ち読み

*序章


 親に故郷を出て行くなら親子の縁を切ると言われ、それでも実家を飛び出して最終的にやってきた王都。
 何故か才能が開花してしまい、いつのまにやら上級魔法士の資格を取らされ王宮で総魔法士長の補佐官をさせられてもう五年くらいたつ。
 そして、エスタ・シルワというお局様が幅を利かせていると言われて三年くらいだろう。
 そちらに関しては事実無根だと声を大にして言い返したい。どんなに才能があろうと、平民は平民にすぎないのだから。
「シルワ補佐官、これはわたくしたちの仕事ではないと思うのです」
「平民である補佐官にはお分かりにならないと思いますが、我々は高貴な血筋としてこういったつまらない仕事を引き受けるわけにはいかないんですよ」
 とはいえこの仕事をしてそれなりになるので、こういった頭の悪そうな要望ももう聞き飽きている。
 ちなみにこの主張をしてきたのは、子爵家の三女と男爵家の次男だ。成人したばかりの十八歳で、親類だという二人は美しく整えられた黒い真っすぐな髪と緑色の瞳がよく似ている。
 私の胸まで伸ばした青みがかった銀髪も直毛だが、どこか違うのは当たり前のことなのだろう。金の瞳は分不相応と言われたこともあるが、それは褒め言葉ではない。
 いや、二十八歳にもなって容姿でコンプレックスを拗(こじ)らせている場合ではなかった。
 話は戻るが「貴族やら高貴な血筋に拘(こだわ)るのなら、そもそも働きに来なければいいのに」とまでは、言わない。
 何故なら王宮付きの魔法士になろうなんて奇特な人間は、この【騎士の国】と呼ばれるような我が国では非常に少ないからだ。平民でも貴族でもそれは変わらない。魔法士は今やいなくては困る存在であるけれど、どうせならと皆が魔法士よりも騎士を目指すのだ。
 そんなふうだからいくら王宮付きとはいえ志願者がそもそも少なく騎士にはなれないし、魔法士の適性があるからと中途半端な気持ちでやってくる者も多い。それでも総数が少ないので、こんな頭の悪そうなことを言い出すような人たちでもすぐに切り捨てることはできない。
「そうですか。では、貴方(あなた)たちには何ができるんですか?」
 できるだけ穏便に進め、手に負えなさそうであれば上司に丸投げをする。そんな程度の考えで投げた問いに、二人はふふんと笑った。
 どうやらこの質問の中に隠された「この程度もできないと言う人間にできる仕事なんてないよ」という嫌味にも気づいていないらしい。
 頭の中が楽しそうで羨(うらや)ましかった。
 この国には、明確な身分制度が存在する。
 大まかに分けると現女王を筆頭に、その下に王族貴族、そして最後に平民が存在する。王宮付きの魔法士として新人である彼らは確かに貴族の出身で、その上司である私は平民。それを引き合いに出して、初めの内に私を見下すような発言をする貴族出身者は少なくない。同じ職場で働いているのだからそれは通用しないと言いたいのだけれど、身分制度がある以上はそう胸を張って言えないのも事実だった。
 上司が現役の侯爵であることが不幸中の幸いなので、この類の面倒事は全て丸投げしている。
 この手法は使い勝手がよく、補佐官になって早々に使いだした。
「それを考えるのが補佐官のお仕事では?」
「我々に貴女(あなた)の仕事を押し付けないでいただきたい」
「ではその旨、総魔法士長に進言しておきましょう」
 そう伝えれば二人は満足気に頷(うなず)いて、書類の束を私の机に置き執務室から出て行った。
 面倒事は現在地方出張中の上司に丸投げをするに限る。何もできない人間の相手をいつまでもしている暇はない。
 王宮仕えの魔法士の仕事は多いのだ。
 冒険者ギルドが打ち漏らしたモンスターの処理、式典での演舞魔法の構成提案に、現在はいないが年少王族への魔法指導。地方にいる優秀な魔法使いへの支援と教育、そして国家防衛。それに伴う様々な事務処理と王宮内の魔道具の管理、新しい魔法薬の開発や輸入魔道具と魔法薬の検査などなど……。
 王宮付きの魔法士は数だけ見ればそれなりにいるはずなのに、どうしてこんなにも忙しいのか。それは、仕事をしないお坊ちゃまとお嬢ちゃまがいるというのもあるが、単純に仕事が多いことと平民の離職率が高いのも原因だろう。
 貴族だからといって仕事をしない人ばかりではないが、残念ながら平民と比べてその傾向が強いのは事実だ。優秀な平民の魔法士からすれば馬鹿馬鹿しく感じても仕方がない。
 王宮付きなんてただの名誉職であるし、地方の方が実は実入りも待遇もいいことがある。何より地方の方が差別意識が少ないことが多い。
 騎士と魔法士は国防の観点からすれば、基本的に同じことをしている。戦争犯罪国難から国と女王を守っているのだ。
 けれど、この国は【騎士の国】だ。当然のように騎士人気が高い。騎士は昔から尊敬を集めていたし、偉人も多い。
 それはいいのだが、それが行き過ぎて魔法士に対して差別的な言動をする人がいるのが問題だった。
 魔法に対しての知識がないから過度に恐れたり、難しいことを簡単にやってのけろと言ってみたり。そしてそういった言動をする人は、王都などの都市部に多かった。
 地方では高価な魔道具より、地域に根付いた魔法使いたちが生活を助けていることが多く身近であるから、こういったことが起こりにくい。
 つまり働きやすい。
 私の出身地もそうで、魔法使いとして生計を立てていない普通の人でも日常的に魔法を使うことが多かった。だから都市部に出てきて、多くの人が自分で魔法を使わず魔道具にばかり頼っているところを見て驚いたものだ。
 私の村は本当にのどかな田舎で、行商人だって滅多に来なかったからそもそも魔道具を買うことは滅多になかった。けれどそれにしても、この世界の人間のほとんどは魔力を持って生まれてくるのだから、火おこしくらいは魔道具を使わずに自分で魔法を使えばいいのにと何度思ったことか。
 また王宮付き魔法士がそれなりにいると言っても百余名、いや、前年度に結構辞めたから今年度はもう百人もいないんだった。……国お抱えの騎士は万単位でいるのに、国に直接雇われている魔法士は百人もいない。
 私だって、何度この状況に嫌気がさしたかもう数えていないし覚えてもいない。おそらく【魔法使いの国】と呼ばれている隣国では、この反対のことが起きているのだろう。やはり少数派はどこでも肩身がせまいのかもしれない。
「ふう……」
 ため息を吐(つ)き、天井を仰ぐ。気持ちの切り替えが必要なのだ。
 新人が入ってくる季節に「細(こま)々(ごま)とした書類仕事や簡単な小型モンスター討伐なんてしません。そんな下々の者がやるようなことは私の仕事じゃありません」と言ってくる貴族子女がいるのはもう恒例行事だが、せっかくの新年度だというに毎回毎回やる気が削(そ)がれて仕方がない。
 上司に押し付けたとしても、面倒は面倒だな。
 もう一度ため息を吐きながら机仕事で凝り固まった肩を揉(も)んでいると、執務室の戸を叩く音がした。
「シルワ補佐官、失礼いたします。……あー、またですか?」
「またですよ、ネブラ中級魔法士」
「毎年毎年飽きないですねえ」
「全員違う人ですから、仕方がないですね」
 執務室に入ってきたのは、ロージー・ネブラ中級魔法士だ。ふわふわとした薄いミルクティー色の髪を顎のあたりで切り揃(そろ)え、同じような色の瞳がくりくりとしていて一見優しげな印象だが、その実とても優秀で抜け目もない頼もしい二十五歳。
 ロージーは地方伯爵家のご令嬢だが、見聞を広めるためにと真面目に仕事に取り組んでいる。人当たりもよく、仕事も正確で丁寧だ。彼女のような人のことをできる女というのだろう。切実に補佐官を代わってほしいが、彼女はあと一年ほどで実家に戻ることが決まっているので推薦もできなかった。中級魔法士で甘んじているのもそのせいで、本来ならいつでも上級になれる実力の持ち主だ。
「まったく、何をしに来ているのだか。お手伝いしますわ」
「いえ、貴女は貴女の仕事をしてくれればそれで結構です。この書類は私が責任を持ちます」
「もー! 補佐官は働きすぎです!」
「これが仕事ですので」
「駄目です、今日こそは帰っていただきます!」
「ちゃんと毎日帰ってはいますよ」
「いいえ、定時で帰っていただきます。あと明日は有給休暇を取っていただきます!」
「そんなものもありましたねえ……」
「あるんです。あ、そうだ! せっかくですし、マッサージ店もご紹介しますわ!」
 マッサージか、確かにしてほしいかもしれない。けれど、目の前の書類の山を片付けなければどうにもならないのだ。
「ロージー、そんな時間はありません」
 一応は上司と部下ではあるけれど、私とロージーは友人でもある。堅実で比較的に多様な思考を持つ彼女とは身分など関係なく話が合った。お互い地方出身者ということも影響したのかもしれない。
「いいえ、エスタ。部下としてではなく、友人として忠告しますわ。貴女、すごく疲れた顔をしていますよ。今すぐ仕事は終わらせて、そのままマッサージ店に行き明日も休まなければ、倒れてもっと仕事をためることになります」
 ぐい、と、顔を近づけられてしまえば、どうにも反論はできない。半年前にロージーの忠告をそのままやらかしてしまっていたからだ。あの時は、体調が回復してからが修羅場だった。
「……はあ、分かりました。ではこの仕事だけやってしまいますから」
「エスタ、聞こえていらっしゃらなかったの? 今すぐ帰るんです。時計を見てください、もう定時ですからね?」
「ロ――」
「さ、お帰りはあちらですわ、シルワ補佐官」
 にこりと笑うロージーはとても優雅で、それなのに抗(あらが)えない力強さを感じる。人の上に立つ人、という風(ふう)体(てい)だ。私に足りないのはこれなのだろう。
「……私が上司なんですけれど」
「そうですね、それで?」
「……」
「エスタ、いつもの貴女ならここできちんと言い返してきます。それだけ疲れているということです。はい、これ、マッサージ店のカードですわ。わたくしからの紹介だと言えばいいですから、行ってきてください」
 ロージーの言うとおりなのだ。何も言い返せない、確かに疲れている。
 黙ったままで立ち上がりカードを受け取ると、ロージーは表情を緩めた。
「仕事のことは任せてください、明日帰ってくる総魔法士長にもちゃんと言っておきますわ」
「ですが」
「ですがではありません、わたくしは折れませんからね。絶対に帰っていただきますし、明日は休んでいただきます」
 視線を交わせば、ロージーが引かないことくらいは分かる。彼女はかなりの頑固者だから、言い出してしまえば聞かないのだ。
「……すみません、ロージー。ありがとうございます」
「謝罪は結構。あ、そうそう、エスタ。ここね……」
「はい?」
「希望であれば性感マッサージもしてくれるので。というか、そういうお店なので」
「……ん?」
 こそりと呟(つぶや)かれた言葉は、きっと無視をしてはいけないことだ。
 この国には男女共に性的なサービスを行う店が合法的に存在し、別に成人していればそこを利用したところでどうということもない。これは国教の崇拝対象である女神が愛に貴(き)賤(せん)はないという教えを説いたことに始まるらしい。
 性愛も愛の一つという考えの下に、我が国は性に対して他国よりも寛容であるのだ。
 ただし、不倫と浮気は女神に目を焼かれるという言い伝えもある。
 けれど、私はそういう店には行ったことがなかった。
 忌避や嫌悪があるわけではなく、ただ単に時間がなかったのと料金やら作法やらが分からなかったからだ。
 分からないことは恐怖心となるし、別に行かないでも生きてはいられる。そんなこんなで関わり合いにならなかった世界に、こんなに疲れた状態で放り込まれるのは困る。
 やっとそこまで私の思考が追い付いたのと、ロージーがぽんと手を叩いたのは同時だった。
「でも健全なマッサージだけっていうのもありなので。さ、今回の転移はわたくしがやってあげますからね。ついでに服も変えておきます、わたくしのおすすめブティックのものでしてよ」
「え、ちょっ、ロージー……!」
 ロージーの人差し指にある魔法石の指輪が光る。いつもなら瞬時に結界なり反転なりで応戦できるのに、私はなすがまま彼女の魔法を受けてしまった。

*第一章


 案内された間接照明だけの部屋でベッドに腰掛けぼんやりとしていると、眠くなっていけない。
 やっぱりキャンセルをしてこのまま家で寝た方がいいのではないだろうか。
 というか、もうこのベッドで寝てしまおうか。
 そうやってうとうとしていると、ドアが叩かれた。
「どうぞ」
 まあ、入ってきた人を見てからでもいいだろう。そう思った私は、数秒後にとんでもなく後悔することになる。

     ◇◇◇

 ロージーに魔法で着替えと移動をさせられた私は、彼女の言っていたマッサージ店のロビーに立っていた。彼女のおすすめブティックのワンピースは品がよく、高級そうな店内でも浮かないので助かった。
『いらっしゃいませ、お客様。ご新規の方ですね、どちらのご紹介でしょう?』
 すぐに受付らしき女性がやってきてそう聞いてくるので、とりあえずロージー・ネブラの紹介だと伝えると個室に通され説明を受けることになった。真っ赤な長い髪を束ね意志の強そうな灰色の瞳を持つ受付の女性は、戸惑う私にも動じることなくテキパキと丁寧に案内してくれた。
 何となくもう引き返せない雰囲気と疲れでなすがままになっていることを自覚しながらも、もうどうすることもできなかった。
『まず、当店ではお客様からのセラピスト指名制度は行っておりません。さらにセラピストの変更は初回施術後のみ可能ですが、以降は不可となります。ですが、当店側の判断で予告なく変更になる場合もございます。この内容にご納得いただけませんと当店でのサービス提供はできなくなるのですが、いかがされますか?』
 随分と一方的な契約内容であるが、働いている人を守るには必要なのだろうと頷く。連日の疲労のせいか、何だか声を出すのも億劫だった。
 それに、紹介してもらったのに悪いが、次回もまた来るとも限らない。
 しかし、そんなふうに態度の悪い客に対しても、受付の女性は丁寧だった。
『お客様、大変お疲れのご様子ですね。是非、当店のマッサージで癒(いや)されていってくださいませ。初回ご招待割で、今回は特別五割引ですので』
『……ああ、はい』
 眠い。ふわふわのソファといい匂いがするこの部屋が悪い気がする。この一ヶ月は特に年度末と年度初めの仕事がどんどん押し寄せてきて、家に帰っても三から五時間寝るだけの生活だったから余計に辛(つら)い。
『あとの説明はセラピストからさせましょうか、それともわたくしからいたしましょうか?』
『あ、ええと……。禁則事項と料金を教えていただければ』
『はい、お任せください。禁則事項は先程お話ししましたセラピストの指名に関する事項と、セラピストが嫌がることを強要すること、その他諸(もろ)々(もろ)の犯罪行為でございます。当店は時間制でして、三時間から三万G、六時間で五万五千G、半泊は十二時間で十万G、一泊は二十四時間で二十万Gになりますわ。延長は三十分ごとに五千Gとなります』
『では、今回は三時間で』
 高いのか安いのかすら分からないが、おそらくこういうものなのだろう。男女共に性的サービスで破産する人が稀(まれ)にいると聞くが、この値段を毎回払っているのなら納得だ。私は現在それなりに高給取りなので払えない額ではないが、庶民感覚を持つ身としては随分な高級サービスに思える。
 しかしまあ、ここまでくれば社会経験だと腹も括(くく)れた。
『かしこまりました。ほかにご質問はございますか?』
『……普通のマッサージだけというのも可能だと聞いたのですが』
『はい、勿論可能ですわ。その旨をセラピストにお伝えください。当店のセラピストは基本的に男性ですが、お客様の安全のために暗示魔法をかけております。お客様の意にそぐわない行動があれば「離れろ」「止めろ」などとおっしゃっていただければ、セラピストは動けないようになりますのでご安心ください』
『口を塞がれた場合は?』
『強い思念でも魔法は発動するようになっております。声が出せない状態になれば「止めろ」と強く念じてください。当店のセラピストにはそのような不(ふ)埒(らち)者は採用していないという自負がございますが、何事にも絶対はございません。我々も念には念を入れ、安全で快適な施術をお客様へ提供していくつもりでございます』
『……すごいですね』
『ありがとうございます』
 凛(り)々(り)しく笑う受付の女性は、何というかロージーと同じような仕事のできる女の匂いがした。
 コンプレックスが若干刺激されたが、彼女の説明で料金設定にも納得ができた。
 そんなに強力な暗示魔法を一人一人のセラピストにかけているのであれば、魔法使いを雇うだけでも相当な人件費がかさむ。気にしていなかったが店内の内装もそれなりにいい品を使っているようだし、さすがは伯爵令嬢の使う高級店だと感心してしまった。
『では、以降の説明はセラピストからいたします。あと、これを』
『これは?』
 受付の女性はスカーフにしては短い布を渡してきた。広げてみてもよく分からない。少しばかり魔法の気配がするが、それでもこの布の用途の見当はつかなかった。
『簡易な仮面ですわ。眼鏡などの硬い材質のものですと怪我をする恐れがありますので、当店では布を採用しております。使用の有無はお任せしますが幻覚と透視の魔法をかけておりますので、目を隠していただければセラピストにはお客様のお顔が分からなくなり、プライバシーを守ることができます。また、セラピストには偽名を使っていただいて構いません』
『なんて便利な……!』
『ふふ、でしょう? 当店の自慢ですの』
 貴族の仮面舞踏会用に魔法石をつけた陶器製の仮面に幻覚魔法をかけるのは聞いたことがあったけれど、何の変哲もない布に二つの魔法を付与するなんて正気の沙汰じゃない。
 そもそも魔法石も仕込まずに媒体はどうしているのか。
 香料を入れた水に魔法石をゆっくりと溶かして作る香水型の魔道具があるから、それの応用だとばかり思ったけれど渡された布を観察するにそうではないようだ。
『……あの、この魔法の開発者の方は』
『あら、お客様は魔法使いの方でいらっしゃいますのね。それをお聞きになる方がたまにいらっしゃるのですが、社外秘でして』
『そうですか……』
 まあ、それはそうかと肩を落とす。こんなにすごい魔道具を作れる魔法使いならば、会ったところで私など相手にされないだろう。
 フリーランスの魔法使いは、我々のような王宮付きの魔法士を嫌っているタイプが多い。そして、その逆も然(しか)り。個人的には相反するとは思わないのだけれど、お互いが嫌い合っている理由も分からないではないので、なんとも言えない。だから勧誘をしたとしても無駄だ。
 でも、純粋に魔法を生(なり)業(わい)とする者としてどうやってこの魔法を思いついたのか話を聞いてみたかった。
『お客様、さあさ、お仕事のことはお忘れになって! ここではリラックスをしてくださいませ!』
『え、あ、ああ、そうですね……』
『そうですとも! ささ、こちらへ!』
『はい』
 何故かテンションの上がってしまった受付の女性に案内されるまま廊下を歩き、施術室と書かれた部屋に入った。間接照明が何とも眠気を誘う、綺麗なホテルの一室のような部屋だ。
 ……珍しい魔法を見てしまったせいで一瞬忘れてしまっていたが、そういえばここはマッサージ店だった。それも、人生初性的サービス供給店。
『では、ごゆっくり』
 受付の女性が扉を閉めたので、私は布製の仮面をつけた。
 目を覆っている感覚はあるのに、視界は塞がれていない。時間があれば研究してみたい魔道具だ。顔半分しか隠せていないのは少し心もとない気もするけれど、幻覚魔法まで付与されているのならきっと大丈夫なのだろう。
 手持ち無沙汰でベッドに座り込むと、また眠気が襲ってきたがもう仕方がないと諦めることにした。
 そして、冒頭に戻る。

     ◇◇◇

「どうぞ」
「失礼する」
 扉を開けたセラピストに、私は言葉を失った。けれど彼は、何でもないように真顔でつかつかと部屋に入ってくる。
「本日、施術を担当するグウェイン・スクトゥムだ。よろしく頼む」
 あ、セラピストなのに敬語じゃないんだ……じゃなくて!
「な、何故、王国騎士の、しかも第三部隊長のスクトゥム様がここに!?」
 入ってきたセラピストが、王国騎士であるなんて誰が思うだろう。いや、誰も思わない。
 私は心の中でそう外国語教科書の例文のように自身に言い聞かせてから立ち上がり、もう一度部屋に入ってきた美丈夫を見た。
 短い濃いめの茶髪に緑の瞳、立ち上がってもなお見上げなければいけない長身に王国騎士として相応(ふさわ)しい体(たい)躯(く)、間違えようもない。
 そこにはやはり、王国騎士団第三部隊長グウェイン・スクトゥムが立っていた。さすがに我が国の自慢である深緑の騎士服ではないが、簡易なシャツとズボン姿でも鍛え上げられた体躯がよくよく分かる。
 僅かに私自身に幻覚がかかっているのではないかと集中をしてみたけれど、そんな魔法の気配は感じない。つまり、この部屋にいるこの男性は、本物のグウェイン・スクトゥムということで……。
「私のことを知っているのか」
「知って、って、当たり前でしょう! 何をなさっているんですか!?」
「セラピストだが?」
「はぁ!?」
 無礼とは知りつつも、私は声を抑えられなかった。
 王国騎士とは王宮付きの魔法士と役割は似ているものの、一線を画す存在だ。
 我が国は別名【騎士の国】とも呼ばれており、騎士は国民の憧れといっても過言ではない。平民でもなれるものの、彼らは王国騎士となった時点で一代限りの男爵位を戴く。王国の歴史は長く、歴代そうやって騎士を排出している家が多いので、一代限りといってもそこら辺の弱小貴族よりはよっぽど格式高い家が多い。貴族の子女でも騎士を志す者もいるのだが、王宮付きの魔法士のように生半可な気持ちでは入団すらも許されないのだ。
 スクトゥム家は長らく一代男爵だったが、名門騎士の筆頭に数えられるような家柄である。
 そんな家の長男であるグウェイン・スクトゥムは先の巨大モンスター討伐の功労が認められ、その褒美に近々伯爵位と領地を賜る予定なのだともっぱらの噂(うわさ)だ。
 王都にいながら彼を知らない人などいないだろう。だから、何故そんな人がこんな場所に……?
「君は、どの程度の説明を受けた?」
「えっ」
「私のような者がいることは知らなかったのか?」
「……はい」
「では、その説明から入ろう。かけてくれ」
「は、はあ……」
 スクトゥム様がベッド横の簡易椅子に腰かけるので、私は仕方なくベッドに座りなおした。
 本当なら私も椅子に座りたかったが、この部屋にはベッドが一つと簡易椅子が一つしかない。あとは間接照明と観葉植物と何かの瓶が置かれた棚、それから魔道冷蔵庫があるくらいだった。
「まず、君の名前は?」
「え、えっと。……ええと、え、エルです」
「では、エル。受付ではどこまで説明を受けた?」
「禁則事項と料金、それからこの仮面について、です……」
「堅苦しいのはよしてくれ、施術がしづらくなる。それから私のことはスクトゥムではなく、グウェインと」
「……」
「聞こえているか」
「は、はい……」
 聞こえてはいるけれど、状況についていけない。咄(とっ)嗟(さ)に思いついた偽名が変なものでなくてよかったと安(あん)堵(ど)する暇もなく目の前の王国騎士、いや、セラピストの圧が私を襲っている。何でこんなことになっているのか、やっぱり帰ればよかったと嘆いても状況は変わらなかった。
「ここは完全紹介制のマッサージ店だ。信頼に重きを置いており、それ相応の者しか足を踏み入れることはできない。その客層のレベルに合わせるのであれば、セラピストもそれなりの信頼を持つ者が望ましい。王国騎士の肩書きはそれに当てはまっており、私以外にも複数の王国騎士がここで働いている」
「そ、そもそも、どうして、騎士様が騎士以外の仕事をしなければならないのですか?」
「しなければならないのではない、したいからしているのだ」
 あまりにも釈然としなくて、言葉が出てこない。訳が分からなすぎて、変な汗まで出てきた。
 押し黙ったままの私に、さすがのスクトゥム様も眉間に皺(しわ)を寄せている。
「……エル、君はこういった店は初めてか? 性的なことに潔癖な性(た)質(ち)だろうか?」
「こ、こういうお店は初めてですが、とりたてて潔癖という訳では……。ですが、その、騎士様がセラピストというのは、ちょっと」
「私が嫌いか」
「え」
「私では駄目なのか」
「そ、そういう、ことでは……」
「エル」
「……」
「その布があるから、私には君の瞳がどこを向いているのかが見えていない。しかしこちらを見ていないことは分かる。どうか、私の目を見てほしい」
 言われるがままに、スクトゥム様の目を見てしまった。
 意志の強そうな真っすぐな瞳に見つめられて、心臓が鼓動を速めるから困る。本当におかしな状態であるのに、頭が回らないからなのかどうすべきなのかが思いつかなかった。
「誓って、君の嫌がることはしない。この店では一年以上の研修を受け、試験に合格した者しかセラピストになることはできないから腕は確かだと自負している。君は私の初めての客だ。一度でいいから、私を信用してくれないだろうか」
 この将来有望な美丈夫に手を取られここまで言われて、頷かずにいられる人はどれだけいるのだろう。凡庸な私は、ぼんやりとその程度の感想を抱くことしかできなかった。
 それでもどうにか自身を奮い立たせて、口を開く。
「貴方を、信用していないというわけではないのです。ただ、やはりどうして王国騎士がセラピストをしているのかが気になって……」
「……合法的に女性に触れられるからだ」
「……は?」
「合法的に、仕事として女性に触れられるからだ。騎士だなんだと担ぎ上げられたところで霞(かすみ)を食べるわけでもなし、そういった欲求はある。むしろその辺の男どもよりもある」
 絶句というのは、今の私の状態を指すのだろう。本当に言葉が出てこない。さっきまでの胸の高まりが一瞬にして静まり冷えていくのを感じる。
 まあ別に個人の生理現象と性癖の話であるなら、そこまで嫌悪することでもない。
 何故こんなところでこの人のそんなことを聞かされねばならないのだろうという当然の疑問は置いておいて、冷静にならねばと私は小さく頭を振った。
「そういった下心から、騎士でセラピストを目指す者は少なくない。私もその一人だ」
「結婚したり恋人を作ったり、女性がサービスしてくれる方のお店に行けばよいのでは?」
「我々の結婚や恋愛事情はゴシップネタになりやすいから慎重にならねばならない。その点、この店はセラピストの情報をきちんと管理している。我々に非がないにも拘(かかわ)らず不利益があれば、オーナーが直々に対処してくれる」
「対処?」
「有り体に言えば、その情報をいつでも握り潰せるということだ。……そして、これが一番重要なのだが、私は女性にサービスをしてもらいたいわけではないんだ」
「え、でも、そういうプロの女性っていろいろなニーズに応えてくれるのでは……」
「だから、つまりはそういうサービスだろう。私は奉仕させたいのではなく、純粋に奉仕をしたい側の人間なんだ」
「……」
「騎士にはそれなりに多い考え方だ、私が特別に特殊だということではない」
 私はさっきとは別の意味で言葉を失った。つまりやはり性癖の話なのだろうか、これは。いや、需要と供給の話なのかもしれない。
 何より、さっきまで堂々としていたスクトゥム様が少しばかり目線を泳がせているのも印象的だった。さすがに羞恥心というものがあるらしい。それでも私の手を放さないあたり、一周回って面白くすらある。
 そうか、騎士様といえど、人間なのか。
 私は肩の力がゆっくりと抜けていくのを感じた。
 どちらにしろ、ここはそういう店だ。馬鹿正直すぎる気がしないでもないが、ここまで愚直に話をされれば毒気も抜ける。
「……分かりました。では、あの、施術をお願いしてもいいですか?」
「勿論だ」
 声は落ち着いたままであるのに、スクトゥム様の表情はどこか嬉しそうだった。そう思いたいだけだったのかもしれないけれど、その方が私も嬉しいのでそう信じ込もうと思う。初めての客が私で申し訳ないと感じもするが、こういうのはタイミングだからそこは諦めてもらおう。
「では、これから三時間の施術を開始する。してほしいことがあれば、その都度言ってくれ」
「え、今から三時間ですか? 今までの時間が……」
「今までのは説明だ。私は施術をしていない」
「……良心的なお店ですね」
「それが売りだ」
「あ、あの。私、今日は健全な普通のマッサージをお願いしていまして」
「ああ、それは聞いている。ベッドにうつ伏せになってくれ、触られたくない場所があればそれも教えてほしい」
 いろいろな衝撃を受けて眠気は飛んでしまっていたが、靴を脱いで指示通りにベッドに横になるとまたすぐに睡魔が忍び寄ってきた。寝具がいい香りをしているせいでもある気がする。ああ、現実味がないのも一因だろう。本来であれば、プライベートでは一生話すこともないような人にこれからマッサージをされるというのだから。
「本日は服の上からの施術になるが、怪我をするような金具などはついていないか?」
「多分ボタンくらいなので、大丈夫だと思います」
「……君は、敬語でないと話せないのか?」
「そうですね、もう、癖で……」
「そうか、では仕方がない。それらは追々だな」
 何が追々なんだろう。うつらうつらとしている中で、背中にタオルケットがかけられたことを感じる。
 あ、もう、本当に眠れそう……。
「始めるが、眠たいのなら寝ても構わない」
「は……い゛ っ!?」
 落ちかけた意識が、激痛によって急激に呼び起こされた。
 ……え?


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