書籍詳細
家事力ゼロで飯マズですが、伯爵(だんな)様からは溺愛されていますっ!!
ISBNコード | 978-4-86669-065-0 |
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サイズ | 文庫 |
定価 | 754円(税込) |
発売日 | 2018/01/25 |
レーベル | ロイヤルキス |
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内容紹介
人物紹介
レティシア
アダン商会の社長令嬢。
家事力のなさで女学院一の劣等生!?
ロドリグ
大天使のような神々しさを放ち、
飯マズにも深い愛で接する旦那様。
立ち読み
第一章 身代わり花嫁は劣等生
大陸歴十八世紀も、残すところわずかとなった今春。青々とした針葉樹や季節を彩る花々に囲まれた石造りのヴィルパン城からは、一つ、また一つと明かりが消えていった。
濃紺の夜空には、雲がかかることなく真円に近い月が輝いており、地上に降り注ぐその光はそうでなくとも美しい彼、当城の若き主・ロドリグ・ド・ヴィルパンをいっそう綺羅(き ら)な存在に魅せている。
(スラリと伸びた長身に、背を覆う黄金の髪。彫刻のように美しく整った横顔にサファイヤの瞳。やはり大聖堂に描かれていた大天使ミカエル様を見ているよう。ロドリグ様……。私が彼の妻に、あんなに素敵な伯爵様の伴侶になるだなんて、嘘みたいだわ)
大理石に毛足の長い絨毯(じゅうたん)が敷かれた寝室の入り口。窓辺にもたれかかるようにして月を見上げるロドリグの姿を、食い入るように見つめていたのは、今宵(こ よい)彼の妻となるレティシア・デュプレ。真っ直ぐに伸びた鴉(からす)の濡れ羽色の長髪に、透き通る白い肌。黒曜石(オブシディアン)の瞳に薄紅色の唇が愛らしい少女だが、二十代も後半になるロドリグの妻としては、いささか幼さが感じられる。
しかし、それもそのはずだ。本来ならこの場にいるのは、レティシアの姉であり、すでに成人しているイヴォンヌ・デュプレのはずだった。レティシアは、ロドリグとの結婚式を目前に姿を消した彼女の代わりに、急遽(きゅうきょ)在学中だった王立修道女学院を退いてきたのだ。
(ああ……。でも、見るからに不機嫌。当然と言えば当然なのだけど、どうしたらいいのかしら? お声をかけるのも躊躇(ためら)うほどだわ)
レティシアの目から見てもロドリグは、生まれて初めて見るほど容姿端麗で、品格を備えた青年貴族だった。
しかし、それだけに負の感情を露(あら)わにしたときの眼差しは冷徹で、サファイヤの輝きさえ、研ぎ澄まされた鉱石のように見える。レティシアは息を潜めて、胸元で十字を切った。
(神様。今宵、私は彼の妻になれるのでしょうか?)
彼を見つめながら両手を合わせ、ほっそりとした指を畳んだ。
***
早くに母を亡くしたという悲しみを除けば、比較的に穏やかで安定した生活を送ってきたレティシア・デュプレにとって、天地がひっくり返るような事態が起こったのは昨日のことだった。
「ご開門! ご開門を願います。私は当学院に在学中のレティシア・デュプレが父、アダン・デュプレの使いで参りました。火急の用にございます。どうか、ご開門を!」
夕食を終えて、就寝までのひとときを学友たちとのおしゃべりで過ごす。一日のうちで、もっとも楽しい時刻に、その使いは早馬車にて到着し、木造の正門を激しく叩いた。
知らせはすぐにレティシア自身にも届く。
「うちから早馬が!?」
「とにかく院長先生がお呼びです。このまま私と一緒にいらっしゃい」
「はい。副院長先生」
規律に従い、漆黒の制服に三つ編みのお下げ髪をした姿で、レティシアは談話室をあとにした。彼女が在学している自国・フォンテーヌ王立修道女学院は、生まれ故郷であるヴィルパン領からは隣接した首都にある。華やかな城下町からは幾分離れた山林の奥にひっそりと佇(たたず)む規律厳しい淑女(しゅくじょ)の学び舎(や)のため、当然男子は禁制だ。余程の事態でなければ、父や兄弟でさえ早急の面会も許されない。
それだけにレティシアは何事かと胸が騒いだ。学生宿舎から渡り廊下を足早に異動し、院長室へ誘導されるも「家族が急病だ」「事故だ」とは言われなかった。
だが、そうなると父の事業が崩壊したのか、実家か持ち工場が全焼したのかと、嫌なほうにばかり想像がいってしまう。
(—神様。どうか誰にも不幸な事故が起こっていませんように!)
レティシアは胸中で祈るしかなかった。
そうして副院長と共に院長室へ到着する。
「院長。レティシア・デュプレを連れて参りました」
「お入りなさい」
「はい」
「レティシアお嬢様!」
重厚な扉が開かれると、修道服を纏(まと)った院長と共にいたのは、早馬車にて駆け付けた使者であり、父・アダン・デュプレの秘書でもある初老の紳士・フィルマンだった。
レティシアは青ざめた彼と目を合わせるも、まずは無理矢理笑顔を作って見せる。
「何、どうしたの? 私の出発予定は明日のはずでしょう。しかも、我が家の大事を知らせる第一報が馬なの? お父様は声を大にして、これからの時代は我が社で開発した最新の自動車だなんて言っていたのに、大したことないのね」
何を言われても驚くまい。冷静に対応しようと構えた結果だが、口調が軽いわりには、語尾が震えている。
かなり不安げだ。笑顔とはいえ頬肉も引き攣(つ)っている。
「そのようなことを言っている場合ではないのですよ。イヴォンヌ様が大変なことを」
「イヴォンヌ姉様が?」
ただ、ここでフィルマンから火急の内容たるアダンからの手紙を見せられると、レティシアはその文字を目で追い、信じられない気持ちになった。
「お、お姉さまが姿を消した!? 伯爵様との結婚式が明後日だというのに!? あの、しとやかで大人しい聖母のようなお姉様が!?」
思わずフィルマンに問う。
しかも、レティシアを襲った衝撃は、これだけに止(とど)まらない。
「それも、お、お子……もがっ!」
つい声を荒らげそうになり、フィルマンに口を塞がれた。レティシアはクリクリとした黒曜石の瞳を泳がせながら、彼の手を外すと同時に声のトーンを落とす。
「か、駆け落ち? その、どこの誰ともわからない、お腹の子の父親と?」
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