書籍詳細
イケメンなボディーガードはケダモノ御曹司!?
ISBNコード | 978-4-86669-114-5 |
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サイズ | 文庫本 |
定価 | 754円(税込) |
発売日 | 2018/06/05 |
レーベル | チュールキス |
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内容紹介
人物紹介
田村瑠璃(たむら るり)
21歳の大学四年生。腰まである美しい黒髪の持ち主。ある事件をきっかけに大企業・星月夜グループの次期会長を継ぐことに。跡継ぎということで、さまざまなトラブルに巻き込まれる。
水城煌成(みずき こうせい)
25歳。瑠璃のボディーガード。長身でスラリとしたイケメンだが、小さい頃から習っていた空手の実力は折り紙付き。
立ち読み
プロローグ 普通の終わり
私、田村瑠璃は、どこにでもいる普通の大学四年生だ。
就職活動を無事に成功させて、来年の春からは一般企業に入社し、総務課の事務で働くことが決まっている。
普通の家庭に生まれ、容姿・才能共に平々凡々―今までも、これからも、平凡な人生を送るのだと当然のように思っていた。
まさか、あんなことになるとも知らず―。
「お疲れ様です。お先に失礼します」
「お疲れ~」
二十二時―データ入力のバイトを終えた私はタイムカードを切って、エレベーターホールに向かって歩きながら、シュシュで一つにまとめていた髪を解く。頭を小さく左右に振って、手ぐしで軽く整えていると、後ろから誰かにポンと肩を叩かれた。
「お疲れ! 瑠璃ちゃんの髪って、本当にキレイだね」
声をかけてきたのは、同じくバイトの中田さんだった。同じ歳でフリーターをしているそうだ。データ入力の他に、古着屋とカラオケ屋のバイトも掛け持ちしているらしい。
小さい頃に男の子から苛められていた私は、二十一歳になった今でも、男の人から話しかけられると身構えてしまう。人と話すこともあまり得意じゃないから、接客業は避けてこういった事務職をバイトに選んだ。
「あ、お疲れ様です。えっと、ありがとうございます……後ろにいるの知らなくて、当たったりしませんでしたか?」
「ああ、大丈夫! 大丈夫! 当たりはしなかったけど、スンゲーいい匂いがして興奮はしたかなっ!」
中田さんは軽い印象で苦手だったから、あまり関わらないようにしているのに、気が付いたら近くにいて絡んでくるものだから、余計苦手になった。
「あれ、引いた? 冗談だよ! 冗談っ! 半分だけね」
もう半分は、本気なのっ!?
「それにしても、キレイな黒髪だよね。染めたことないの?」
「はい、ないです」
「へーそうなんだ。あっ! 触ってもいい?」
「えっ!? あ、いえ、あの……わ、私、急いでるので、階段で下りますね。お先に失礼しますっ! お疲れ様でしたっ」
「ええーっ! そうなの? 残念! お疲れ~! あっ! 次のバイトの時、今度こそLINEのID教えてよ~! 約束っ!」
うう、中田さん、本当に苦手……。中田さんの件さえなければ、時給も仕事内容も満足なんだけど……。
階段を一気に駆け下りて、中田さんと鉢合わせにならないように駅へ急いだ。一本早い電車に乗ることができて、ホッと安堵のため息を零す。
ドアのガラスを鏡代わりにして、走って乱れた髪を直す。
腰まで伸びた黒髪は、自信がない私の身体のパーツで、唯一好きだと思える部分で宝物だ。
今でこそ男性からお世辞でも褒められるようになったけれど、小さい頃は「貞子みたい」とか「おばけ!」なんて言われて、男の子から随分と苛められたものだ。
それでも病気で亡くなったお母さんと、事故で亡くなったお父さんが、長い髪が似合う。好きだって言ってくれたから、手入れに気を付けて伸ばし続けている。
バイト先の近くの駅から、五駅。駅から降りて徒歩十五分……コンビニを右に曲がったところにある築五十年の古い二階建ての木造家屋が私の家だ。
お母さんが亡くなるまでは、両親と私で都内のマンションに住んでいて、お母さんが亡くなってからは父方のおじいちゃん、おばあちゃんと一緒に暮らしている。
鍵穴に鍵を差し込み、上下にゆすりながら鍵を回す。古くなって錆びているので、開け方にコツがあるのだ。
「ただいまー」
「瑠璃ちゃん、お帰りなさい……」
いつも笑顔で出迎えてくれるおばあちゃんの顔色は、真っ青だった。
「どうしたの? 顔色真っ青……具合悪いの?」
「ううん、私は大丈夫なんだけど……」
「まさか、おじいちゃんに何かあった……?」
おじいちゃんは昨日から、高血圧で検査入院している。ただの検査入院だから心配する必要はないと言っていたけれど、私の両親のように、人間いつ、どこで、何が起こるかなんてわからない。
「いえ、おじいちゃんは、大丈夫よ。午前中にお見舞いへ行った時もなんともなかったし、病院から連絡もきていないもの」
「そう、よかった……じゃあ、どうしたの?」
「勉くんからね、連絡がないのよ……」
「え、勉くんが、どうしたの?」
勉くんは私の従弟で、お父さんの妹……私からみたら叔母さんの子供だ。とても頭がいい子で、今はアメリカの高校に留学している。
「さっきね、勉くんから電話があったのよ。急に体調が悪くなって、病院にかかったんですって」
「え!? 大丈夫なの?」
「ええ、盲腸だったけど、もう大丈夫みたい。でも、あっちって医療費が高いんですってね」
「あ、テレビで見たことがあるかも」
アメリカに旅行中体調が悪くなってしまった人が病院にかかったら、とんでもない金額を請求されて困ってしまった。海外旅行をする際には、くれぐれも保険に入った方がいいと何かの番組でしていた。
「でしょう? 勉くんもあまりに高くて払えないから、一時的に貸してほしいって連絡してきたのよ」
「叔母さんのところに連絡するんじゃなくて、家なの?」
「あの子、今、旅行に行ってるのよ。きっと楽しくて、電話を見ることも忘れているのね。全然連絡がつかないの。あの子、昔からそういうところあるのよ。それでね、頼れるのはおばあちゃんしかいないって泣いてたわ。だからさっき、言われた口座に振り込んできたの。確認したら電話をくれるって言ってたんだけど、まだ電話が来なくてね……あの子、また具合が悪くなって、倒れてるんじゃないかって心配で……」
「そうだったんだ。こっちから電話してみたら?」
「それがね、こっちからは、かけてこないでほしいって言われたのよ。電話の調子が悪くて、あっちからかけることはできても、こっちからの電話を受けることができないんですって」
……そんなことって、ある?
いや、もしかしたら、あるのかもしれないけれど……なんだか、とても嫌な予感がする。
LINEを開いて、勉くんに『盲腸になったの? 大丈夫?』メッセージを送った。しばらくすると既読になって、『瑠璃ちゃん、久しぶり! 元気してた? 盲腸ってなんのこと? 送る相手間違えてない?』と返信がきた。
「……えっ」
「瑠璃ちゃん、どうしたの?」
「えっと、ちょっと待ってね」
すぐに『さっき、おばあちゃんに電話したよね?』と送ったら、『おばあちゃんに? してないよ』と返ってきた。
これって、もしかして……。
「……おばあちゃん、勉くんにいくら送ったの?」
「四千万よ。アメリカって本当に医療費が高いのね……うちの貯金だけじゃ足りなくて、一時的にお金も借りたし、一つの銀行じゃ振込みの金額に制限があるからって、いくつも回ったの。大変だったわ」
「四千万!? 四千〝円〟じゃなくて!? 借りたっていくら!?」
「〝円〟じゃなくて、〝万〟よ。借りたお金は、二百万よ。でも、大丈夫。後で保険がおりるらしいから、それで返してくれるそうよ。それですぐに返せば、わずかな利息しか、かからないそうだから。勉くん、保険に入っていて本当によかったわねぇ」
金額の大きさで確信した。これ、絶対振り込め詐欺だよ!
「お、おばあちゃん、勉くん、今日、うちに電話してないって……!」
「えっ? で、でも、確かに勉くんの声だったわよ?」
うちの自宅の電話機はナンバーディスプレイじゃないから、かけてきても当然名前も、電話番号も表示されない。向こうが名乗るのを信じるしかない。
「でも、電話してないって言ってるし……振り込め詐欺じゃない……?」
「そんな、まさか……うちに限って、そんな……」
動揺するおばあちゃんをなだめて、震える手で警察に通報した。私の勘違いであってほしかったけれど、実際勉くんは電話をしていないわけで……調べてもらった結果、やっぱり振り込め詐欺だった。
あれから一か月経つけれど、犯人は見つかっていない。振り込め詐欺の件を聞いたおじいちゃんは血圧があがって、入院が長引くことになった。おばあちゃんは責任を感じて精神的に追い詰められ、ずっと寝込んでいる。
お金がない……。
持ち家だから家賃は大丈夫。でも、固定資産税を払わなくちゃいけない。おじいちゃんの入院代や薬代、おばあちゃんも持病があるから薬代が必要だし、それから生活費……おじいちゃんとおばあちゃんの年金と私のバイト代を足してもマイナス状態……。今までは貯金を切り崩しながら、補填していたそうだ。
今は十月―来年の四月からは社会人になるけど、新卒の私のお給料じゃ、家族三人を養うだけは貰えない。唯一の親戚である叔母さんも、勉くんの学費を出すのに精一杯で、お金を貸してもらうことはできなかった。
どうしよう……。
ひとまず、借りたお金を返さないと、利息がどんどん増えてしまう。
バイトを終えた私は電車に乗りながら、スマホでバイト情報を探す。高収入のものは、全て夜のお仕事ばかり……。
キャバクラ……。
お酒も苦手だし、男の人はもっと苦手だ。交際経験がないどころか、男の人と上手く話すことも私にできるとは思えない。
でも、できないなんて言っている場合じゃない。こうしている間にも、利息はどんどん膨らんでいるのだ。
おばあちゃん、大丈夫かな。傍に居てあげられなくて、ごめんね。
本当は傍にいてあげたいけれど、バイトを休んだら生活費が今以上に危うい。
『あれだけニュースで気を付けろって言われてたのに、どうして騙されてしまったんだろうね。こう言ってしまうのはアレだけど、正直な話……騙される方も悪いよ』
『そうよね……。実の親だけど、私もそう思うわ』
『家も余裕がないし、援助はできないよ』
『ええ、わかっているわ。大丈夫。私はあなたの家に嫁いで、もうこの家とは関係ない人間だもの。助けられなくても仕方がないって、両親もわかってくれるはずだから』
この前、叔母さんと叔母さんの旦那さんが家にお見舞いに来た時、お茶を出すために席を立って、台所へ向かう途中で紅茶とコーヒーと緑茶ならどれがいいか聞き忘れたので戻ったら、こっそり話しているのを聞いてしまった。
騙される方が悪いなんて酷い。騙す人が一番悪いはずなのに……。
あの日から、モヤモヤした何かが胸の中で燻っている。
胸の中で燻っている何かを抱えたまま帰路を歩いていると、高そうな車が私の目の前で止まった。
現在の時刻は、二十一時―時間帯も遅いし、住宅街で人気もないこともあり、もしや変な人なんじゃ……と、身構えてしまう。
いざとなったらコンビニまで走って逃げよう。今日はヒールが低い靴を履いていてよかったと思っていたら、黒いスーツを着た四十歳代ぐらいの男性が降りてきた。
「田村瑠璃さんですね?」
どうして私の名前を知ってるの?
注意深く男性の顔を見るけれど、見覚えがない。
「そうですけど、あの、どちらさまですか?」
「ああ、大変失礼致しました。私こういう者です」
男性は名刺を取り出すと、私に差し出す。そこには『星月夜グループ 秘書 高橋正治』と書いてあった。
星月夜グループって、元財閥で、色んな事業をしてる有名な企業だよね? そんな有名な企業の秘書が、私の名前を知っているんだろう。
あれ? 私が知らないだけで、就職先が星月夜グループの子会社だった? ううん、しっかり調べたからそんなはずない。それに万が一そうだったとしても、秘書の人がわざわざ私に会いにくる理由がない。
「あの、星月夜グループの方が、私に何の用でしょうか……」
「おや、お祖父様のことは、ご存知ありませんか?」
「おじい……いえ、祖父ですか? 祖父は今入院していますが、祖父に何かあったんでしょうか」
「ああ、いえ、そちらのお祖父様ではなく、お母様方のお祖父様のことです。ご存知ありませんか?」
私が小さい頃に病気で亡くなってしまったお母さん。お母さんのお父さん、お母さんのことは、聞いたことがなかったような……というか、記憶にないだけ?
「いえ……」
「星月夜グループの会長、星月夜総一郎様は、あなたのお母様のお父様です。つまりはあなたのお祖父様です」
「え……!?」
私のお母さんが、星月夜グループの会長さんの娘? そんな話、聞いたことがない。というか信じられない。
「総一郎様から、伝言をお預かりしております。『会って話したいことがある。屋敷に来てほしい』と」
「い、いえ、でも、そんないきなり……」
「無理もございません。突然現れた人間から、日本を代表する大企業の会長のお孫さんだと聞かされて、いきなり「そうなんだ」と信じられるはずがございません。ですから、お調べになってください。亡くなられたお母様の戸籍謄本には、父親の欄に総一郎様のお名前が記載されているはずです。それから今あなたが一緒に暮らしていらっしゃる父方のお祖母様も何か知っていらっしゃるかもしれません」
父方の祖母と一緒に暮らしていることは、一言も喋っていないのにどうして知っているんだろう。ちょっと怖い……。
「それからこちらをご覧ください」
男性が差し出してきたのは、写真だった。少し怖い顔の作りの男性が、小さな女の子を抱き上げて笑っている古い写真だ。
この女の子、私に似てる……?
「あなたのお母様と、総一郎様の写真です。信用できると思えたなら、差し上げた名刺の番号にいつでもご連絡ください。お迎えにあがります」
「はあ……」
会って話したいことって、なんだろう……。
もし、本当にお母さんのお父さん……私のおじいちゃんだとしたら、会って話したいことはたくさんある。でも、今はそんな場合じゃない。早く借金を返して、元の生活に戻れるように頑張らないと……。
「失礼ですが、色々と調べさせていただきました。経済的にとても困っていらっしゃるようですね。総一郎様は条件次第で、助けて差し上げたいと仰っていました」
「え……」
「では、ご連絡をお待ちしております」
男性は柔らかく微笑むと、また車に乗り込んで去って行った。
お祖父ちゃんが、助けてくれる……?
私は翌日、朝一番に市役所へ行って、秘書の高橋さんに言われた通りに、お母さんの戸籍謄本を取ってきた。すると確かに、お母さんの父親の欄に『星月夜総一郎』と記載されていたのだった。
呆然として市役所内のイスに座り、私はその場でインターネットで星月夜グループの会長の名前を検索した。会長の名前は、『星月夜総一郎』と書いてある。そして、写真も掲載されていた。
高橋さんに貰った写真よりは歳を取っていたけれど、それは確かにあの写真と同じ男の人だった。
精神的に弱っているおばあちゃんには、なんとなく気が引けて聞けなかったけれど、戸籍謄本に名前が載っているのだから、間違いないのだろう。
『経済的にとても困っていらっしゃるようですね。総一郎様は条件次第で、助けて差し上げたいと仰っていました』
条件ってなんだろう。でも、助けてほしい。
私は藁にもすがる思いで高橋さんに電話をかけて、おじいちゃんの下へ連れて行ってもらうことにした。
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