書籍詳細
お前は俺のモノだろ?~俺様社長の独占溺愛~
定価 | 1,320円(税込) |
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発売日 | 2019/02/22 |
電子配信書店
内容紹介
立ち読み
「今すぐ、来いよ」
『今すぐ、来いよ』
スマホの通話ボタンを押すと同時に、耳もとから聞こえてきた男の艶のある低い声に、町田(まちだ)日花里(ひかり)の唇はへの字になった。
(またいきなり、そんなことを言って……)
電話の主は、かつては大学の先輩であり、今は上司で雇い主でもある藤堂(とうどう)海(かい)翔(と)だ。
海翔は一見ひどく傲慢で偉そうで、基本的に上から目線でしかないのだが、日花里にこの言葉を告げるときの彼は、その目にどこか甘えた空気を漂わせていて、『イエス』と言いたくなるような不思議な魅力があった。
なので十八の頃からずっと、日花里は海翔に『来いよ』と言われたら、基本的には『はい』と答えてきたのだが、今日の日花里には抵抗するべき理由がある。
「あのですね、そうは言われても私、まだ仕事が残ってるんですよね……」
ため息をつきキーボードを打つ手を止め、肩と頬でスマホを挟んだまま、周囲を見回した。
ここは渋(しぶ)谷(や)のど真ん中にあるシブヤデジタルビル。IT関連の企業が多くはいっているフロアの二階にあたる。
『株式会社ROCK・FLOOR』は、主に動画配信サービスと、VR関連のアプリ制作を行っている、最近右肩上がりに業績を伸ばしている会社だ。正社員は通勤と在宅を合わせて三十人、平均年齢は三十歳そこそこという若さで、そのほか十人ほどのアルバイトが在籍している。なお社内はフリーアドレスなので、各自思い思いの場所にPCを置いて仕事をするのが通例だ。
社員の半分はエンジニアで、一般的な事務作業は、日花里とあと三人の社員でこなしているのだが、今日は全員帰宅し残っているのは日花里だけ。その状況で、迎えに来いというのは、いくらなんでも弊社社長の発言として、どうかと思う。
『もう九時だぞ。残業なんかするなって、いつも言ってるだろう』
「それはそうなんですけど……」
残業するのは確かにまれだが、翌週に仕事をため込むのが嫌いな日花里は、金曜の夜は残業するくせがついている。それゆえに仕事を抱えすぎなところがあるのは、自覚していた。
「海翔さん、あのですね……」
『うだうだ言うな。そしてお前は俺のモノだ。拒否権はない』
電話の向こうでそうハッキリと言い切った海翔は、そのまま一方的に通話を終えてしまった。
「えっ、ウソッ……はああ……」
スマホをデスクに投げ出してため息をつくと、
「なに、海翔がまた我がままを言ってきたのか」
社内に数人残っている内の一人、斜め前に座っている怜(れい)悧(り)な印象の男性が、PCから顔を上げ、眉を顰(ひそ)める。
黒のカットソーに黒ぶちの眼鏡。黒のパンツという全身を黒で包んだ男性は、このROCK・FLOOR社の副社長兼営業部長、システムエンジニアの霧生(きりゅう)辰巳(たつみ)という。年は海翔のひとつ上で三十二歳。海翔と二人三脚で立ち上げたROCK・FLOOR社を運営している。存在自体が、活火山で燃えさかる炎のような藤堂海翔とはまったく逆の、どこかクールな印象を与える、この会社のナンバーツーだ。
「そうなんです……あっ、六本木(ろっぽんぎ)で飲んでるみたい……迎えに来いって」
日花里のスマホに海翔から住所を知らせるメッセージが届く。彼がいるのは、会員制のバーらしい。こうなると行かない場合のほうがずっと面倒だ。
(いつまでもああだこうだ、言われちゃうし……)
仕方ないと立ち上がると、霧生が頬杖をついて日花里を見あげてくる。
「残業はしなくていいというのは賛成だが、君の海翔に対する態度はどうだろう。言い方は悪いが、君がアレを日々つけあがらせているんじゃないか?」
「うっ……それを言われると少し胸が痛みます……すみません」
日花里は胸の上あたりを押さえて、目を伏せた。
「いや、別に君を責めてるわけじゃないんだがな。主にうちの社長のあの性格がな……」
霧生も眉のあたりを指で押さえる。彼には彼なりの苦労があるのだ。
藤堂海翔。仕事はできるが、横暴で上から目線で、俺様だ。口も悪い。だが日花里はどうしても、昔から彼の呼び出しを断れない。
「すみません、お先に失礼します!」
日花里は深々と頭を下げると、椅子の横に置いてあったバッグをつかみ、フロアを飛び出していた。
五月に入ったばかりだが、梅雨を迎える前に少し暑い日々が続いていた。翔が指定したバーは、ミッドタウンのすぐ側にあるビルの三階にあった。エレベーターの中でにじむ汗をハンカチで押さえながら、目的のバーへと向かう。そこはいわゆる会員制の隠れ家的な場所らしい。廊下の奥にドアが一枚ありそれ以外にはなにもない。
「ここだよね……」
日花里は店名すら書いていない木製のドアの前に立ち、海翔に電話を掛ける。
コール音が数回鳴ったのちに応答があった。
『俺だ。――ああ、わかった』
こちらは何も言っていないのに、一方的にペラペラと話されて通話が即座に切断される。
「わかった?」
どういうことだとスマホを持ったまま立ち尽くしていると、ドアの向こうから人の声が聞こえてきた。きゃあきゃあと高い女の声と「悪いね、仕事だから」という低い男の声の二重奏だ。
だがその男の声は間違いなく海翔のものである。
(仕事……?)
いったいなんのことだと思っていると、目の前でドアが開き中から左右の腕に女性をはべらせた海翔が姿を現した。三つ揃えのスーツの上着を乱暴につかみシャツにベスト姿という状態だが、長身で逞(たくま)しいので少々身だしなみが乱れたところで、かえって色っぽい雰囲気がある。
祖父がドイツ人だという海翔は、ちょうど日花里とは三十センチ差の百八十五センチの長身で、胸板も厚く手足も長い。艶(つや)のある黒髪はかすかに波打っていて無造作風のパーマかと思われているが、地毛だった。耳周りはすっきりと短く前髪だけ少し長い。
その少し長めの前髪から覗(のぞ)く瞳は明るい茶色だが、光の加減によっては緑がかって見えることもあって、その美しさに日花里はいつも、ドキッとしてしまうのだった。
「あの……」
日花里が口を開きかけた瞬間、
「これ、俺の秘書。遊んでるとどこまででも俺を追いかけてくる」
海翔がにこやかな笑顔をふりまきながら、腕をつかんでいる女性たちの手をやんわりとほどき、自由になった手で、日花里の肩にポンと手をのせた。
(えっ、秘書!?)
海翔の手は大きく、華奢(きゃしゃ)な日花里の肩などすっぽりと包まれてしまう。熱い手のひらの感覚にまた心臓が跳ねるが、勝手に怖い秘書扱いされたことで、ここに呼ばれた理由がなんとなく想像がついた。
「ええーっ、秘書さん追いかけてくるなんて、やば~い!」
「金曜の夜に、信じられな~い!」
体にぴったりと張り付いたドレスを着た女の子たちは、じろじろと品定めをするように日花里を見つめる。
だが日花里は、こういう目線には慣れっこだった。そしてその後の反応もわかっている。
日本人形のようなちんまりとした目鼻立ちに色気のない眼鏡。そして胸の下まで届くまっすぐな髪は後ろでひとつにまとめている。さらに白のカットソーに黒のパンツスーツという、どこからどう見ても真面目一辺倒の日花里の姿を、彼女たちは同じ女だとは見なさないのだ。
さっと表情を切り替えたかと思ったら、
「藤堂さんにまた会いたい~」
目をキラキラと輝かせ海翔に正面から詰め寄っていった。
(やっぱり……こういうことね)
秘書が迎えに来たということにして海翔は飲みの席を抜け出したかったようだ。
(ならそれに合わせるしかないじゃない)
日花里は唇をきっとかみしめた後、隣の海翔をことさら厳しい目で睨(にら)み上げつつ微(ほほ)笑(え)んだ。
「社長。次の予定が迫っていますのでよろしいでしょうか?」
「ん、ああ。そうだな。急ごう」
海翔はニヤリと笑って意味もなく腕時計を見下ろすと、それから女ならだれもが見惚れるような華やかな笑顔を浮かべて踵(きびす)を返す。
「藤堂さん、きっとよ~!」
「私、一目ぼれなんだから~!」
そんな女性たちの黄色い声は、エレベーターの扉が閉まっても聞こえてきて、日花里はうんざりしてしまった。
「いつ私があなたの秘書になったんですか?」
「いつもなにも、お前は昔から俺の秘書みたいなもんだろ」
海翔は真顔でそう答えると、それから疲れたように、首と肩を回す。
「私はROCK・FLOOR社の社員であって、あなたの秘書ではありません」
エレベーターはあっという間に一階に到着した。
きっぱりと返事をして、日花里はスタスタとビルを出る。
「なに怒ってるんだ?」
海翔に尋ねられて、日花里は確かに、自分はなぜ怒っているのだろうと一瞬考えたが、この苛立ちは、きっと彼の都合で予定を変えられたせいだ、そうに違いないと結論づける。
「怒ってませんよ。あと少しで仕事が片付いたのにって、思ってるだけです」
「だから、来週でもいいだろ。そんなの」
海翔はそう言って、大通りで立ち止まった。
「ふたりで飲みなおそうぜ」
「えっ!?」
「いつものとこ」
振り返りながら微笑む海翔が、通りを行きかう車のヘッドライトに照らされる。まるで彼のためのスポットライトのように見えて日花里は言葉を失った。
ただ立っているだけなのに、肩越しに振り返っているだけなのに、この男はなにをしたって、絵になってしまう。
あれほどイライラしていた日花里の中で、怒りの気持ちがしゅるしゅると音を立てて、小さくなっていくのがわかる。
「――日花里?」
海翔が不思議そうに名前を呼ぶ。
「あ」
日花里は息を飲んだ。
(私、また馬鹿みたいにぼーっと見てた……)
こんなことを自分はあと何回、何百回、繰り返すのだろう。
彼に出会ってからずっと、日花里は行き場のない思いを抱えて胸の中に積み上げているのだ。
不毛だと思いながらも、その気持ちを振り払うように「それ、おごりですか?」と、わざとらしく上から尋ねた。
「おいおい。お前に払わせたことなんか、一度もないだろ」
海翔はクスッと笑って、正面を向き手を挙げる。
すぐにタクシーが徐行しながら近づいてきた。
「行こうぜ、日花里」
「――はい」
日花里はうなずく。
海翔に呼ばれたら、行かないわけにはいかないのだ。絶対に。
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