書籍詳細
ドS彼氏のおもちゃになりました 意地悪な彼の甘すぎる調教愛
定価 | 1,320円(税込) |
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発売日 | 2019/03/29 |
電子配信書店
内容紹介
立ち読み
1
ほの暗い部屋の中、私川嶋(かわしま)麻里(まり)は乱れた呼吸をなんとか整えようと喘いでいた。
まるで全力疾走したあとのように身体は熱く火照(ほて)り、自由に動かすことすらままならない。
必死な私を、彼は小さく喉の奥を鳴らすように嗤(わら)う。
「鍛え方が足りないな」
「だ、誰のせいだと……!」
まるで私が悪いと言わんばかりな彼の態度に、考える間もなく切り返す。
私から酸素を取り上げただけでなく、この状況……ベッドの上に組み敷き身体の自由を封じ——唇を奪ったのは彼なのに。
先ほどまでの激しく貪るような口づけを思い出すと、なんとか落ち着こうともがいているのにまた頬が熱くなってくる。
「へぇ? 俺のせいなんだ?」
おかしさをこらえきれないとばかりにくつくつと嗤う彼の眼差しは、からかうような態度とは裏腹に、まっすぐ私を射貫(いぬ)いてくる。
口では威勢のいいことを言っているくせに、態度が伴わない私の心を見透かした視線に、言葉に詰まる。「誰かのせいにしたい」という浅ましい考えなど、彼にはお見通しなのだろう。
さらに彼は見せつけるように私を拘束していた手をゆっくりと離した。
覆い被さっていた身を起こし「これで縛りつける枷(かせ)はなくなったぞ」とばかりに肩を竦(すく)めてみせる。
「だったら、逃げれば? いいぜ、俺は追わない」
自由を取り戻しても、私の身体は冷たく鋭い視線でベッドにくくりつけられ、身動きすらままならない。そんなことは百も承知の上で、彼は好きにしろとうそぶいた。
言葉通り、彼は私が今すぐこの部屋から逃げ出しても、絶対に追っては来ないだろう。そしてきっと連絡すら簡単に途絶えてしまう。
これまでふたりで重ねてきた時間など、何の意味にもならない。
ずるい。
望んでこの部屋に来て、彼にこの身を委ねたのは、紛れもなく私だ。攫(さら)われたわけでもなければだまされたわけでもない。
でも今この状況で、わざわざ改めて自覚させなくてもいいではないか。
けれど彼の眇(すが)めた瞳の前に晒(さら)されると、頭では苛立ちや怒りが渦巻いていても、身体が反応してしまう。お腹(なか)の奥がぎゅうっと収縮するような、痛みにも似た切なさと息を乱す熱が湧いてきて……私は唇を噛み締めるしかない。
どうやったって、私は逃げ出せない……彼のこの腕の中から。
認めてしまっても楽になれないのは、道連れが欲しいという自己保身だ。浅ましく欲望にふけり、かりそめの天国を心ゆくまで味わうための共犯者を求めてしまう。頭の端にこびりついたおためごかしの常識や、薄っぺらな倫理観を忘れ去るために。
きっと彼はそんな私の弱い部分まで理解して、突き放している。
私の迷いをあざ笑うように、彼は言う。
「わからない時はどうすればいいか、もう忘れたのか?」
本当は忘れていない。忘れるわけがない。
「……しえて」
「聞こえないな」
「教えて、ください。どう、したら、いいですか?」
訊(き)け、と彼は私に命じた。自分で判断することは許さないと。
「お前は、どうしたいんだ?」
なのに彼は逆に尋ねてくる。指で私の顎をすくい上げながら。
「あ……!」
ただそれだけの接触で、身体が何かを期待して戦慄(わなな)いた。
望めば、叶えられる。今その許可が下りたから。
彼は私の支配者。気まぐれで残酷で、だけどとびきり優しい私の主人。
頭の中でスイッチが切り替わるのがわかった。
私を縛っていたのは、彼ではなく自分自身なのだ。
「……して」
声が、震える。
「ん?」
彼がわざとらしく聞き返してくる。本当に、容赦がない。そうでなくては、いけない。
「滅茶苦茶に、して」
「ああ、いいだろう」
彼の薄い唇が、楽しげに歪んだように見えた。しかし表情はなぜか窺い知ることができない。いくら明るさが落とされているとはいえ、こんなに近くにいるのに。
何か、おかしい。
彼は、誰?
「えっ?」
ふと入り込んだ疑問が、身体を火照らせる熱を急激に冷ましていく。
「なんだ、気づいちまったのか」
様子が変わった私に、彼はにんまりと意地の悪い笑みを向けてくる。その顔は——
「どうしてあんたなのよー?」
神様とは、なぜこうも理不尽なのだろう。ささやかな幸せは日に一度あるかないかの頻度でしかくれないくせに、不幸せはまとめて大盤振る舞いしてきやがる。
理不尽な出来事への苛立ちで頭をいっぱいにしながらも、なんとか歩みを進める。
「お疲れ様でーす……」
重い荷物を引きずりつつ、なんとか目的の場所であるスポーツセンターにたどり着いた。
荷物を下ろした途端にほっとして、思わずため息が出る。
「麻里ってば、なんか疲れてない?」
更衣室で顔を合わせるなり、すでに着替え始めていた友人の加賀谷奈(かがやな)保(ほ)は心配そうに駆け寄ってきた。奈保は地元が同じで、小・中学校の同級生である。高校では離れたけれど、ふたりとも大学進学と同時に上京したことで交流が復活し、通算すれば結構長い付き合いだ。
今日は私と奈保が参加している社会人剣道サークルの練習日。
日程は毎月第二・第四土曜日の午後と決まっているけれど、特に参加を強要されることはない。都合の合うメンバーが集まって、稽古して気持ちよく汗を流すという、ごく気楽なサークルである。
メンバーに加わって一年、私はかなり頻繁に参加していた。
「色々あってね……ははは」
「まあ元気出しなって!」
乾いた笑いを漏らした私の背中を、奈保が笑いながら叩いた。そんな簡単に元気になれるならここまで落ち込まないっつーの!
再び大きなため息をついた私に、奈保は恐る恐る尋ねてくる。
「何かあったの?」
「……寝坊するし、顔を洗うのに洗面所の蛇口をひねれば、なんでか水が噴き出して床と服がびしょ濡れになるし、出かける準備をしてたら扉のカドに足の小指をぶつけるし」
「ええっ?」
「なんとか家から出ればアパートの階段で荷物落っことしちゃうし。そんなこんなで時間がなくなって駅まで走ったんだけど、改札の前で思い切りすっ転んで、携帯家に忘れてきた……」
朝起きてからここに至るまでの間に起きた、まるで漫画のような小さな不幸の連続を、ひとつひとつ指を折りつつ説明する。
その上、今日に限っていかがわしい夢まで見てしまった。いや別に夢なんて気にしなければいいだけなんだけど、ちょっといい感じだったのが急に落とされる内容はとにかく疲れてしまう。
重なった小さな不幸はたったひとつだけでも地味にダメージ喰(く)らうのに、まとめてこられると精神的ダメージ半端ないです。神様、何卒手加減お願いします。
「ま、マジか……。怪我はない?」
若干引きつつも奈保は私を気遣ってくれた。やっぱり持つべきものは優しい友人よ。
「膝に青タンできたくらい。大丈夫」
「じゃあ稽古で新たに怪我しないように気をつけないとね」
「うっわ、ありそうで困る」
これまで朝から災難続きだから、本当に気をつけないと。
「あ、やば」
「どうしたの?」
「ブラ普通のしてきちゃった」
やっぱり今日はついてない。稽古着に着替えようとTシャツを脱いだところで、スポーツ用のブラをしてくるのを忘れてしまったことに気づく。
私の体勢か何かが問題なのか、普通のブラだと背中のホックが稽古中によく外れてしまうのだ。ブラだけじゃなくていつもはインナー全て専用のものを身につけてくるのだけれど、見事にまるっと忘れてしまった。
「うう、今日はホック外れないといいんだけど……」
「麻里大きいもんねぇ」
奈保が苦笑しながら私のメロンみたいな胸に視線を落とす。
「あーもう、嫌になっちゃう」
バストよりも一五三センチしかない身長の方が大きくなってほしかった。大きすぎる胸は身体を動かすのにも邪魔だし、何より太って見えるのだ。
ロッカーの扉に備えつけられた鏡に映る自分の顔を眺める。重めの瞼は一応二重だけどぼんやりとした印象だし、ぽってりした唇と合わせるとどこか野暮(やぼ)ったかった。大学進学を機に上京してもうすぐ八年になるのだから、この垢抜けなさは個性と諦めるべきなのかもしれない。
おかげで化粧の腕は詐欺のレベルまで上達したけれど、このサークルではその腕前を披露することはできなかった。ひとたび面を被って稽古をすれば、どんなメイクもドロドロに溶けてしまうからだ。
身長一六〇センチで年齢相応の容貌である奈保と自分を、つい見比べてしまう。もう少し身長があればちょっと違ったかな、なんてね。
剣道はバレーやバスケのように身長が高い方があからさまに有利というスポーツではないのがまだ救いだ。チビならチビなりの戦い方があるのである。
剣道というと世間的にはマイナースポーツに分類されると思う。そしてちょっと敷居の高い、お堅い競技に感じられてしまうのではないだろうか。
実際、サッカーみたいにボールがあればすぐ始められるような手軽さはないし、バドミントンや卓球のように、初心者でも楽しめる遊戯的な要素も低い。
一番敬遠されるのはやっぱりこれだろうな……と思いながら、私は重いキャリーケースから稽古着と防具を取り出し身につけていく。
防具を使用していても竹刀(しない)で叩かれれば痛いし、夏はくっそ暑いし冬はしもやけができるくらい寒いし……あれ、いいところが何もない!
……まあ、色々面倒も多いスポーツだけど、私は剣道が好きだ。
白い上衣を羽織(はお)り、新調したばかりの濃紺の袴を身につけ、帯をきつく締めれば、自然と背筋が伸びてくる。それと同時に気分も少し上向いてきた。
「よーし、頑張ろっ」
「そうそう! 今日は終わったらバーベキューだしっ!」
奈保が励ますような口調で教えてくれる。そうだった!
「忘れてた! 怪我なんかしてられないね」
存分に汗をかいたのち、みんなでわいわい仲良く飲むのは、サークル活動の楽しみのひとつだった。
本日はいつもの飲み会とはひと味違い、近くのベイエリアに新しくできたバーベキュー施設を利用して、屋外で楽しく騒ぐ予定なのだ。
桜の季節が終わり、梅雨に入る前。ほんの僅(わず)かな初夏の季節は、外遊びに最適な時期である。
屋外イベントというとやはり夏のイメージが強いけれど、近頃の東京は暑すぎるから、真夏は逆に外で飲むよりもクーラーの利いた屋内で楽しみたい。
「じゃあ今日結構人集まってるんじゃない?」
「やっぱイベントあると参加率いいよね」
更衣室を見渡せば、いつもより女性メンバーの参加者が多い気がする。中には最近顔を見せていなかった子供連れの既婚メンバーの姿もあった。
「奈保だって、圭(けい)太(た)君が仕事の時しか来ないくせに」
「もー! 圭太と一緒に来る時もあるもん!」
奈保が唇を尖らせる。彼女の恋人である山中(やまなか)圭太君は警察管だ。その職業上、どうしても土日休みとは限らない。彼女がサークル活動に参加するのは、大抵圭太君が仕事の時なのである。
「せっかくのバーベキューなのに圭太君来れなくて残念だね」
「ううん、バーベキューからは来れるって」
「へえ、よかったじゃん」
「練習には間に合わないから、店に直接向かうって」
そもそも私と奈保がこのサークルに参加するようになったきっかけが、主催者と友人だった圭太君が紹介してくれたからだったりする。
「奈保のところは仲良しでいいよねぇ」
ふたりは付き合ってもう二年は経っているのに、今でもラブラブでちょっと羨(うらや)ましい。先日互いの両親へ挨拶に行ったとかで、ゴールインも間近だ。
「麻里も彼氏作ればいいでしょ」
「そんな簡単にできるもんなら苦労しません」
すると奈保がやや呆れたようにこちらを睨(ね)めつけてくる。
「何言ってるの。できるできないの前に、麻里は努力しようともしてないじゃん」
実際奈保の言う通り、私は素敵な男性に出会おうと躍起になってはいない。……だって必要性が感じられないんだもの。
「そもそも彼氏を作るって考えがなんかヤだ」
「ドラマとかじゃないんだから、自分から動かなきゃ恋なんて始まんないでしょ!」
拳を握り締めて奈保が力説する。実際、圭太君との付き合いは奈保からの猛アタックが大きな力になったことは間違いない。ちなみにきっかけは合コンである。
「行動の前にまず気持ちが大事なんじゃないの?」
「はい出た麻里の理想論! 好きな相手なんてなかなか見つからないんだから『ちょっといいな』くらいから自分で気持ち育てるのよっ!」
「はいはい」
奈保は気が合う友人だけど、恋愛至上主義的なところだけがちょっとウザいんだよね。
でも、自分で「恋」を育てられるからこそ、常に彼氏を切らさないでいられるんだろう。それは素直にスゴイと思う。ただ、私に同じことを求められるのは困る。
「でもさぁ、好きな人がいるって生活に張りが出るし! 麻里も恋をしようよ! 女にはときめきが必要なんだからっ」
「ときめきなら二次元で十分足りてる」
人生を楽しむためのコンテンツは、何も恋愛だけじゃない。小説に漫画、ドラマに映画、ゲーム……創作物ならばどんな物語も、理想の恋愛も、素敵な相手もよりどりみどりだ。
「寂しいなーとか思ったりしない? ひとりで寝てる時とか」
「特にないかな」
そもそも人肌を恋しく思うほど、ふたり寝を楽しんだ記憶がない。
どちらかというと、彼氏と同じベッドで寝た時は寝返りも自由にできなかったから、全然いい思い出じゃない。だから別にいいかなと思っている。温かいものを撫でたくなったら、猫カフェに行くよ。もふもふ最高。
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