書籍詳細
助けた男は人気俳優でした 年下彼氏の執愛包囲にご注意
定価 | 1,320円(税込) |
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発売日 | 2019/03/29 |
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内容紹介
立ち読み
第一章
最悪の修羅場に遭遇してしまった。
不運とはなぜこうも重なるのだろうか。朝から人身事故で一時間の遅延、満員電車に揺られ、人混みをかき分けて出社する頃には大事な会議は終わっている。上司から冷たい目を向けられても人身事故なんて予期できるものではない。
買ったばかりのワンピースはしわくちゃで、早起きしてセットした髪もぼさぼさ。午後から打ち合わせがあるというのに、今日は朝から波乱の一日になりそうだと予感していた。
案の定、不運はそれだけで終わらない。
先輩が担当していた記事に誤りがあり、オープンしたばかりの飲食店から大クレーム。
その先輩は昨日で退職しており、電話を取った私が店まで謝罪に向かった。
へろへろになって戻れば、自分のデスクには本日締め切りと書かれた原稿が山積みのままだ。
最近、印刷所も働き方改革を積極的にはじめ、締め切りを過ぎると高額な特急料金を請求される。
他の社員が次々と帰って行く中、締め切り一分前に来月号の原稿を提出し、雑務を終えた頃には深夜一時。
終電は終わっており、あえなくホテル宿泊が決定。
目の前にベッドがあったら今すぐ飛び込んでしまいそうなぐらい眠いというのに、体力が底を突いてフラフラだ。さらに履き倒したハイヒールが追い打ちをかけてくる。ローヒールのパンプスで出勤したいと思いながらも、美意識の高い社員や取引先に囲まれ、髪から爪先(つまさき)まで手を抜けない。誰に言われたわけでも社内ルールでもないのに気を抜けばおしまいだ。
株式会社レクラスは、新宿(しんじゅく)に拠点を置く出版社だ。
私はこの会社で、情報誌のライターとして働いている。近年はネットに主軸を置き、恋愛コラムやモテファッションを取り扱う女性向け恋愛総合サイト『PM』の運営も担当している。
アルバイトを含め従業員数十八名の小さな会社だが、歌舞伎(かぶき)町(ちょう)という立地のよさ、そして社長が元大手出版社の編集長であるため横の繋がりも多く、業績は上昇している。だが残業時間は長く、癖のある取引先も多いせいか、体調を崩しすぐに辞めていく社員も多いのが現状だ。
会社を出れば眩(まぶ)しいネオン街。
新宿のド真ん中にあるオフィスは一見、景気がよく勝ち組のようにも見えるだろう。
しかし私の場合、こんなところで知り合いとバッタリ会ったらおしまいだ。
絶対に仕事の内容を知られるわけにはいかない。
誰が言えるだろうか。
未だ男性経験ゼロの女が、歌舞伎町で恋愛コラムを担当しているなどと。
歌舞伎町を抜けてホテル街に進むと、駅前の喧噪(けんそう)とはまた違った雰囲気が漂う。
いくら土地勘があるといっても、深夜に女の一人歩きは危険だ。
周囲を気にしながらいつものホテルへまっすぐ足を向けたときだった。
そう、本日最後の不運な展開である。
「どうしてだめなの! ハルくん私のこと好きって言ってくれたじゃん!」
「好きだよ。だからもっと時間をかけて、真奈(まな)ちゃんのこと大切にしたいな」
「私のことが好きなら今すぐえっちして!」
こんな夜中に修羅場に遭遇してしまったのである。
毛先まで綺麗に巻かれたカール、派手な化粧に下着が見えてしまいそうなほど短いドレス。
近くのキャバクラ嬢だろうか。対して男の方は地味な帽子を深く被ってマスクをつけている。
——どういう関係?
普通は客がキャバ嬢をホテルに連れて行くことが多いが、どう考えても女性の方が男の腕を掴んでラブホまで引き込む勢いだ。
だが、男も引かない。かかとに重心を乗せて、ホテルに引っ張られる様子はなさそうだ。
枕営業を断る男もいるのか。このエリアで仕事を続けていると、感覚が麻痺(まひ)してくる。
自分とは価値観が違いすぎてもはや同じ種族なのかと疑うこともある。
そんな世界で、この男はかなりめずらしいタイプだ。
しかし、今はとにかく早く休ませて欲しい。
だがこの狭い道を通り抜けないと、いつも泊まっているホテルへ辿(たど)り着けないのだ。
「一回だけでいいの。お金ならいくらでも払うから!」
「真奈ちゃん、お金の問題じゃないんだ。もっと自分を大切にして?」
「私はハルとえっちしたいの!」
男が丁重に断っている中、女性は一切引く気配がない。明らかに男も困惑している。
——私には関係ない。
こういうときは無視が一番だ。厄介事には関わらない方がいい。
スマートフォンでも見ているふりをして、さっさと素通りしてしまおう。そう思って鞄に手を突っ込むが、女性の叫び声がキーキーと耳に響く。
「えっちしてくれないならこの場で死んでやる! ハルに強姦(ごうかん)されそうになったって叫んでやる! あんたも殺してやるからね!」
支離滅裂な発言をする女性に、私はついに立ち入ってはならない境界線を越えてしまう。
「ハル!」
声をあげると、女性の叫び声がぴたりと止まった。
——どうしよう、どうしよう、どの設定でいけばいい!?
「あんた誰?」
憎悪(ぞうお)に満ちた女性の視線が突き刺さる。
これは下手をすれば私が最初に死ぬことになりそうだ。
「誰って……ハルの姉ですけど」
——姉!
咄嗟に出てきた言葉に自分で驚いてしまう。
だがそれでよかったのか、女性はぽかんと面を食らったように目を丸くする。
カツカツとハイヒールを鳴らして二人に近づく。ここで弱さを見せてはだめだ。高圧的な女にならなければ負けてしまう。
「うちの弟に何か用?」
女性を睨(にら)みながら、ちらっと男に視線を向ける。
とにかく私に合わせてと視線で訴えると、男が小さく頷(うなず)いた。
「貴方(あなた)、ハルの彼女?」
「そうです」
絶対に違うと思いながらも、両腕を組んで女性を見下ろす。
「本当に? ハルは嫌がってるように見えたけど?」
「違います。ハルくんは恥ずかしがってるだけで本当は私と同じ気持ちですから」
背後で男が小さく首を左右に振る。わざわざ否定しなくても状況を見れば分かる。
とにかくこの女性、正面からぶつかっても簡単には引かなさそうだ。
——ここは戦法を変えるしかない。
「ハル、あんた今日は早く帰るって言ってたじゃない。どうしてこんな時間に女の子といるの」
「え!?」
「ちゃんと説明して」
いきなり不意をつかれて驚いているようだったが、とにかく話を合わせてもらわないと進まない。居心地が悪くなりながらも返事を待っていたが、頭の回転は速いようですぐに状況を飲み込んでくれたらしい。
「ごめん。姉ちゃんにこれ以上迷惑かけたくなくて……だから……」
「私に嘘ついてたってこと? 私、嘘が一番嫌いだって知ってるでしょ?」
「分かってる! でも両親が死んで、ずっと姉ちゃんに育ててもらって、心配かけないようにって……!」
——この子、演技上手いわ。
感心しつつも、どこで終わらせればいいのか。下手をすればこのまま壮大なストーリーが広がっていく。
「ハルの気持ちは分かった。とにかく家でちゃんと話し合いましょう」
ここで一気に畳みかけようと、置いてけぼりだった女性に視線を向ける。
「というわけで今日は弟と大事な話があるの。悪いけど日を改めてもらえない?」
「ごめんね真奈ちゃん、また今度ちゃんと話すから」
男は申し訳なさそうに手を合わせながらも、内心は早く帰ってくれという気持ちでいっぱいだろう。
こんな手で本当に通用するのだろうか。どう考えても顔は似ていないし、偶然にしては話が出来すぎている。
これ以上ヒステリックを起こして暴れられては敵わない。
びくびくしながら反応を待っていると、女性は急に涙を流して、私の腕を掴んだ。
「ハルくんを責めないでください!」
予想もしなかった展開に驚きながら、こくこくと頷く。
「え、ええ……分かった。分かったから今度またゆっくりお話してあげてね」
「ハルくん、仕事が辛くなったらいつでも言って。ハルくんを養えるだけの貯蓄はあるから!」
「ありがとう真奈ちゃん。大好きだよ」
彼女の手を取って、手の甲に口づけを落とす。
——そういうことをするからこんなことになったんだぞ。
そう思いながらも、黙って様子を眺めることしかできない。
「これタクシー代。今日は本当にごめんね」
「お金なんかいらないから、お別れのキスして?」
「だめ。姉ちゃんの前だもん」
照れくさそうに顔を赤らめる男に、やっぱり助けなければよかったという後悔が一瞬頭をよぎる。
女性を乗せたタクシーを見送ると、男と二人きりになった。
よし、これで問題は解決した。あとはまっすぐ道なりに進んでホテルで寝るだけだ。
「じゃあ私はこれで……」
これ以上はもう体力が残っていない。
とにかく早く寝たくて仕方がない。明日も仕事なのだ。
朝から打ち合わせ、取引先と取材の交渉、夜は社内会議が待っている。
だがそのときだった。
立ち去ろうとした寸前、男に腕を掴まれ、ぐっと背中に手が回り抱き寄せられてしまう。
「ちゃんとお礼させて? お姉ちゃん」
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